28.ひとしずくの瞬間
外は肌寒いくらいで、わたしは一枚羽織ってくれば良かった、と思いながら、Dが近くの自販機で買ってくれたペットボトルの水を飲んでいた。
「皆さんまだ盛り上がっているので、少し休んでて大丈夫ですよ」
Dはそう言って、わたしの横に立つ。
「寒くないですか」
「ちょっと…。でも、酔い覚ましにはちょうど良いかも」
「そうですね」
風が心地よい。大きく深呼吸をするわたし。
静かに立っているD。会話をしなくても、こうして自然と一緒にいられることが、ただ純粋に嬉しい。
これで、十分。わたしはこれ以上、深みにはまることも、誰かを裏切ることもせずに、Dとの関係を続けていける。きっと、きっと、これがベストな状態で、わたしなりの調和。頭の中の声と、実在するわたしとの、調和。
こんなことを考えているわたしのことなんて、誰も知らない。
「綺麗ですね、そのピアス」
ふとDが言い、わたしの左耳に右手を伸ばす。
触れるか触れないかの距離に来た指先に反応して、わたしが反射的に左側を向いた、その瞬間だった。
わたしの上半身は、すっぽりとDの腕に包まれていた。
「Mさん…ダメだ、Mさん、俺…」
押し当てられた熱さに、わたしの膝から力が抜ける。離れそうになるたびに強くなるDの腕の力には、優しい戸惑いとどうしようもない切なさが入り混じっていて、重なるふたりの心臓だけが、確実に時を刻んでいる。
この、否応なしに女であることを意識せざるを得ない瞬間に、わたしはひと言も発せずに身を委ねていた。
〈完〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?