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CDを買ったつもりが〇〇〇を買っていた話

「あれ、聴けないな」

当時9歳だっただろうか。はじめてCDというものを買った私は、繊細な円盤を恐る恐るつまみながらラジカセと格闘していた。


・・・


私は帰国子女で、父の仕事の都合により2歳にしてイギリスへ渡った。イギリスで4年暮らしたのち、フランスでもう2年を過ごし、帰国したのは小学校3年生になるタイミング。4月から日本の小学校に編入することになった。

私は超がつくほどの人見知りだったが、そんなことを知らないクラスメイトたちは突如として現れた転校生に興味津々。みんなが自分の机のまわりを囲み話しかけてくる。嬉しいのに、言葉が出てこない。日本語がしゃべれないわけじゃない。とにかくコミュニケーションが苦手だった。私はクラスの子たちと上手に関われないまま、どんどん心の殻を厚くしていく。クラスメイトも、そんな私を誘いづらかっただろう、私は徐々に一人で過ごす時間が増えていった。それでも「友達がほしい」「みんなと仲良くなりたい」という孤独からくる渇望感だけは持っていた私。みんなともっと仲良くなるためにまずやるべきと考えたのは、クラスメイトとの共通の話題をつくることだった。

初めに知ったのは国民的漫画の「ワンピース」。日本人なら知らない人はいないだろう。友達がしきりに「昨日のワンピース見た?」と話すそれを聞いて、私の中ではファッションのワンピースしか浮かばない。どうやらそれがアニメだと知った私。まずはアニメを見て、みんなの話についていくことにした。

そしてもう一つ、当時のクラスメイトたちを熱狂させていたものがあった。それがモーニング娘。だ。私たちの小学校では授業以外の時間なら持ち込んだCDをかけてもよいという決まりがあって、誰かがモー娘。の曲を流していた。その曲を聞いて、教室にいた誰一人として踊らない者はいない。その時私は、「ああ、日本の小学生の間ではモーニング娘。ってのが流行ってるんだ!」と、世のトレンドをようやく理解する。もはや江戸時代からタイムスリップしてきた人間のように、目に映るもの耳に聞こえるもの全てが勉強だった。

みんなの流行りを知りたい!私もモー娘。とやらを聴いてみたい!そんな思いでCDを買ってみることに。お小遣いやお年玉を使う当てがなかったのでお金だけは持っていた。しかし、CDを買ったこともなければCDを買いたいと親に言える度胸もなかった。なぜなら当時の私はなぜか、CDを買うこと=ませてるイメージ=恥ずかしいことという印象を持っていたから。

なんとか親に知られずにCDを買う方法はないか。第一の壁は、私の活動範囲内にレコード店がないこと。隣町まで行けばレコード店はあったはずなので、そこまでなんとかたどり着かなければいけない。第二の壁は、心配性の母が小学生の私を一人で隣町まで行かせなかったこと。どうにか母と一緒に隣町まで行き、そこでCDを手に入れる必要がある。でもどうやって?何も良い案が思いつかないまま、チャンスは突然訪れた。

・・・

何かの用事で、家族と隣町まで行く機会があった。ショッピングだったか食事だったかもはや覚えていない。ふらふらと商業施設の中を歩いていると、レコード店の前にさしかかった。そして私の視線の中に、陳列されたモー娘。のCDが飛び込んでくる。

私は家族に「トイレに行くから」とか適当なことを言って急いでレコード店まで引き返す。曲名もアルバム名も何も知らない。でも、パッケージだけは学校で見たことがあった。とにかくCDを買うんだ!その熱意だけが私を突き動かす。

急がなくちゃ家族に怪しまれる。初めてのレコード店で勝手もわからぬまま、とにかく手にとったそのCDを滝汗流しながら買う。そうやって、私はとうとう、念願だったはじめての「CD」を買ったのだ。そのはずだった。


・・・


「あれ、聴けないな」

帰宅して早速ラジカセにCDを入れてみるものの、音が出ない。ラジカセからはきゅるきゅると円盤が回転する音がむなしく響いてくるだけ。なんでだろう?

あんなにCDが欲しいことを母親には言えないと悩んでいたのに、ここにきて私はどうでもよくなったみたいだ。

「CD聴けないんだけど?」

ラジカセの不具合でもあるかのように訴え、母に見てもらえば、

「これじゃあ聴けないよ。」

と返されて絶句する私。それも当然だろう。私が買っていたのはCDじゃない、DVDだった。まさか・・・・・・あんなに苦労して手に入れたのに、こんなトラップある?ショックを隠せない私の心情を察したのか、

「どうする?CD、探しにいってみる?」

と言ってくれた母。こくりとうなずいて、母の運転する車で近所のレコード店に向かった。

お店に到着すれば、確かにそのアルバムにはCD版とDVD版があった。急いでいたから、表示をよく見ずにDVDの方を買ってしまっていたらしい。今度は間違えないように、しっかり確認してCDを手にとった。

そうして、はじめて買ったCDがこれ。
『プッチベスト ~黄青あか~』
モーニング娘。を含む複数アーティストのオムニバスCDだ。

帰宅後、少しの恥ずかしさと大失敗の苦みを噛み締めつつ、満足した気持ちでCDを聴いていた。これが今をときめくモー娘。の曲・・・・・・めっちゃいい!

純粋に音楽のとりこになっていたし、中でもなっち(安倍なつみさん)が歌う「トウモロコシと空と風」が大好きでよく聴いていた。このエピソードを書くにあたって、久しぶりに「トウモロコシと空と風」を聴いたら、当時抱いていた、年相応の不安や将来への希望が思い出されていく。

CDを買えば何かが変わるような気がして、異常な執着でCDを手に入れたけれど。結局、CDを買っても友人関係の悩みが解決するわけでもなければ、私の「みんなと仲良くなりたい」という無邪気な願いが簡単に果たせるわけでもなかった。それを使って自分がどう動くか、それが大事であることを当時は考えていなかった。

それから中学生、高校生になっても私はずーっと引っ込み思案で、友人関係に悩むことになる。でも、CDを買った当時から20年ほど経った今、この曲を聴いていると不思議と嫌な気持ちにはならない。

悩み苦しんだけれど、なりたい自分になるために東奔西走したこと。人よりスムーズにはいかなかったけれど、色んなことを試して人との距離感・付き合い方を身につけてきたこと。

そのどれもが「頑張っていたなあ」と思える。あの時、学校に行くのは辛くて悩みが消えることなんてなかったけれど、泥臭くても頑張ったあの日があったから、友達を大切にできる私になれた。コンプレックスをどうにかしたいともがいたから、本当に大切な親友を見つけられた。このCDは、時を経て頑張ったあの頃の思い出を甦らせてくれる。

いつか自分を大好きになれる日が来るはずと信じて、少しの不安を心に宿しながら「トウモロコシと空と風」を聴いていた若かりし日。輝かしい青春なんてなかったけれど、私なりに悩みもがいたその時の欠片が、愛しい記憶となって今の私を形作っている。

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