一面の冬世界【シロクマ文芸部】

冬の色だ。見渡す限り冬の色だ。
ようやくここまで来れた。これでやっと終われる。
もう何もかもがイヤになった。だからこの雪原を目指した。
見よこの一面の白の世界。私がつけた足跡以外は何もないじゃないか。
それさえも新しく降る雪が隠してくれるだろう。

思えばつまらん人生だったな。
貧乏がイヤで早めに社会へ出てガムシャラに働いた。
お陰で地位も名誉も財さえも築けた。

だが３人目の年の離れた妻はホストクラブ通い、子供たちはほとんど家に寄り付かない。家に来るのはお金に不自由した時だけ。前の妻２人もことあるごとに金をせびりに来る。
私が作った財で、私が建てた家なのにそこには居場所がない。
温もりも暖かさも話す人さえいない。なぜお前たちは勝手放題なんだ。

私はこの場所で酒をかっ喰らって睡眠薬を飲んで寝てしまおうと計画している。発見は早くて雪解けの頃になるだろう。
さすがにすべての財産を処分することは躊躇われたが、ほとんどを慈善団体に寄付してやった。これからはお前たちもちゃんと地に足をつけて生活しろよ。
さてそろそろ計画を実行に移そう。

まずは酒だ。若い頃は安酒を浴びるほど飲んでいたのに今ではすぐに酔ってしまい眠くなる。いい傾向だ。ダメ押しの睡眠薬だが、ひょっとするとその必要もないかもしれないな。

最後の酒だからちょっと奮発してみた。
Rémy Martin Louis XIII Black Pearl Magnumだ。
市販価格は150万円程度だろうか。これくらいの無駄遣いは許されるだろう。もっとも誰に許しを請うつもりもないが。

しまったグラスを忘れた。せめて紙コップでもカバンの中に･･･あるわけないよな。
紙コップなど一番最近見かけたのは健康診断の尿採取の時くらいだからな。
仕方ないボトルから直接飲むか。
いやちょっと待て、雪に振りかけてかき氷みたいに食べるというのはどうだ？
う~ん、口の中に芳醇な香りが広がる。が、酔うより先に尿意が来そうだ。
やはりボトルから直接飲むしかないな。
睡眠薬をつまみ代わりに一気に行くか。

寒さのせいか、美味い酒のせいかなかなか酔わないな。でも少し眠くなってきたかな。
あっ雪が降ってきた。これで私の足跡も私自身も隠してくれるだろう。
少し横になろう。

人生が終わる時ってこんなものなんだろうか。走馬灯がとか、フラッシュバックがとか聞いてたけど全然そんなことはない。あっけないもんだな。

みんな、私はここで生を閉じるが元気でな。ああ雪の冷たさが心地良い。

ちょっとそこの人、そうあなた。ここは冬季休園中で立ち入り禁止ですよ。
見つけたから良かったけど、あなた死んでたかもしれないんですよ。

そのつもりだったのだが。

大丈夫ですか？　ちょっと山の下の監視所まで来てくださいね。そこでお話し伺いますから。

私は死ねないのか？　どうする金もほとんどないぞ。今更奴らに頭下げんのも御免蒙りたいしなぁ。

さぁ行きましょう。

あのぅ、監視員さん。私をここで雇ってくれませんか？

今週も参加させていただきます。
小牧幸助さま　よろしくお願いいたします。

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