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アメリカの個人出版社ファイル1:Pre-Echo Press

アメリカには多くの個人経営の出版社があります。多くの個人出版社は、国内のみで流通する写真集を販売しているため、日本にはほぼ知られていないと思います。ここであえて、本件について紹介したいと思ったのは、日本にも多く出回っている大手の出版社(ファイドン・リゾーリ、アパチャー等)の写真集を紹介するだけでは包括的に海外の写真事情を知ることが難しく、個人で出版する会社の在り方や、特色を理解することで海外の作家や編集者が何に興味を持っているのか、どのような内容の作品にフォーカスが当てられているのかなどを深く知るきっかけになることを期待しているためです。

第一回目に紹介するのはニューヨークに拠点を持つ、Pre-Echo Pressです。本出版社の一番大きな特色は、出版社代表の、マット・コナー (Matt Connors)が画家であることから、アート色の高い写真集が多いところです。プレ・エコ・プレスの代表的写真集といえば、コナーのバックグランドやアートへの嗜好性が窺える2020年の10月に500部限定で発売された、ルイジ・ギッリの『The Idea of Builing』と、昨年の秋に発売されたマット・ウルフの『INPUT』だと思います。ギッリの写真集は、マシュー・マークス・ギャラリーの同名展示会に合わせ刊行され、コナーは本展のキューレーションを手掛けました。展示会同様に、29点のビンテージ・プリントを全て収録した本書は、展示会同様の体験ができるようにと写真を現物の作品の大きさに合わせて製作されました。実は、コナーはダシュウッドの常連のお客さんなのですが、いつも建築やインテリア・スペースを撮影した写真家の本を探していてその分野の写真集についてとても詳しく、篠山紀信さんの『ヴィスコンティの遺香』を教えてくれたのは、コナーさんでした。ギッリは生前、ジョルジョ・モランディの亡くなった後、アトリエを撮影したり、建築家アルド・ロッシとの共同制作をし、出版社「Punto e Virgola」を1977年に設立したりと、アーティストとして活動する傍ら、キュレーター、編集者としても活動し多彩なキャリアを誇っています。コナー自身との活動の共通点が多いことから、ギッリのアートを敬いつつ、本写真集にただならぬ、熱い思いを込めての制作に向かったのではないかと想像します。

また、『INPUT』はアメリカらしい(!?)飛び抜けてユニークな写真集です。この写真集は、ホーデング障害を持つ、民権運動の活動家、マリオン・ストークス(Marion Stokes)が7万本以上に及ぶテレビの画像を30年に及び撮影した録画テープを元に編集されたました。本編集に取り組んだのは、映画監督のマット・ウルフでストークのドキュメンタリー作品『レコーダー』をメトログラフ(ニューヨークのダウンタウンにあるマニアックな映画館)で昨年11月に上映したのですが、その際に『INPUT』の紹介を兼ねてコナーも初日の舞台挨拶に登場しました。テレビジョンとアメリカ文化の深い関係性を象徴する本書は、ウルフの映画と共に、ニューヨーカーの間で話題となりました。

アートとアメリカ・カルチャーに深い洞察を持つマット・コナーの世界観満載のプレ・エコ・プレスの活動を今度も楽しみにしています。


("INPUT" by Marion Stokes, edited by Matt Wolf, published by Pre-Eco Press)


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