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ニューヨークで写真集の出版社をするということ

セッションプレスという写真集を制作する出版社を立ち上げて早10年経ちました。2020年からのコロナの影響で11冊目の写真集の制作から4年以上の時間をかけ、12冊目の森山大道の『写真時代』(昨年12月発刊)さんと今月に発売される香港出身のフォトグラファー、ウィン・シャ(夏永康)の『SOLACE』を無事に出版することなります。出版社を始めようとしたときも、そして、コロナが去った今現在において、世の中は、日々デジタル化が進む中で、写真集を制作することの意義を周りから問われたり、批判的なことを言われることも実は多いです。それに対し、これまで海外のメデアには、何度かインタビューを受け答えてきたのですが、日本では、自分の活動が伝わりきれていない点があります。自己紹介的な内容になってしまいますが、新作写真集の出版を来月迎え、なぜ、出版社を始め写真集を作ろうと思ったのかお話できたらと願っています。


SOLACE by Wing Shya, Session 12

95年にニューヨークの大学院に行こうとそもそも考えたきっかけは、高校の時に、自分の人生の進む道をじっくり考えたことに端を発するように思います。高校は千葉の私立の女子高校に進んだのですが、物事を深く感じすぎて悩んでしまう性格が災いしてか、人との付き合いがつらく、朝は6時ごろには学校に到着し、授業が始まる直前まで図書室にいました。そうすることで、朝登校する同級生とバスや電車で会うことを避けられるからです。また、学校の授業が終わると、閉校時間までやはり図書室にいました。そして、自宅に戻るとすぐ寝床に入り、朝の2時や3時に起きて読書や、宿題をこなしていました(そしてそのまま朝5時に登校していました)。かなり勉強熱心で真面目そうに聞こえますが、洋服が大好きだったので、ファッション雑誌を読んだりと、勉強ばっかりはしていなかったです。なぜ、早く寝ることを選んだかの理由は、その当時、メールというものがなく、クラスの必要事項を伝える際の手段は電話で回覧板を渡すように出席番号順に伝え合うというものだったのですが、同級生から電話を受けるのが精神的に苦痛に感じたからです。両親は、中学と比べ私が勉強熱心になったものととても喜んでいましたが、私としては、勉強ができるように心がけてとった行動ではなく、自分の神経衰弱な心を守るための最終手段でした。(本当に勉強ができるようになりたかったら、家庭教師や、塾に通っていたと思います)実際、いじめにあったこともないし、どちらかというとクラスの人気者だったと思うのですが、同級生の一挙一足の意味とか心の機微を、意識しようがしまいが、捉えすぎる傾向があったのでいつも心は疲弊して、3年間の高校生活を乗り越えるために自分で生活スタイルをあみ出す必要があっただけなのです。


SOLACE by Wing Shya, Session 12

そんな、一見風変わりな高校生活を送っていたのですが、今でも覚えているのは、朝の高校の図書館で、孔子の『論語』の有名な一節を読んだ時の感動です。大袈裟なように聞こえますが、孔子の言葉が、自分の人生のあり方を考える契機になりました:子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩 (孔子が言った。私は十五歳で学問に志し、三十歳で、思想も、見識も確立した。四十歳で心の惑いもなくなり、五十歳で、天から与えられた使命を自覚した。六十歳で、何を聞いても耳にさからうことがなくなり、七十歳になると、自分の欲望のままに振舞っても、その行動が道徳からはずれることはなかった)。この漢文を読んだときに、10代の時に、孔子のように私も、何かを真剣に学び、人生を通して成し遂げる仕事(その頃は、漠然と美術の業界でプロフェッショナルになりたいとだけ思いました)をしたいと願ったことが東京の大学で、哲学を学び、ニューヨークの大学院で美術館学を勉強することを目指したのだと思います。


SOLACE by Wing Shya, Session 12

晴れてアメリカの大学院で美術館学を学び、オークションハウスのスワンやクリステーズやチェルシーのギャラリー、アジア・ソサエティー、ブルックリン美術館などでインターン生として働かせていただいたりした中で得たことは、アメリカはすべてのことが分業化していて、一つのことに特化した知識が美術の業界では重要視されるということでした。そして、自分の専門性を選択するためには、自分の日本人としてのバックグランドを最大限に活かすのが一番だと思いました。そのため、現代アートや、モダンアートの彫刻や絵画のスペシャリストではなく、新しい芸術の分野である写真や写真集のスペシャリストになると心に決めたことがダシュウッドに勤務することを決めた理由であり、出版社として日本やアジアの作家を紹介していこうと決めたことにつながります。


SOLACE by Wing Shya, Session 12

私は、ニューヨークタイムズのポッドキャストで通勤時に時事問題を聞くこと以外、社会的な事情情報を取り入れておらず、世間がアジア人差別をしているという現状を理解していなかったのですが、YouTubeでヨガをしたり、日本の小説の朗読を聞くのが好きなため、偶然にオンライン上でアメリカで起こっている多くの人種差別を知ることになりました。ダシュウッドの店頭に立っていると、慕われることはあっても差別を受けることは無く、この狭い環境に身を置いたのは自分の選択ですが、ある意味守られていることを実感せずにはいられないことがオンラインニュースを見てわかりました。そして、ニュースを見る限り、ニューヨークだけでなく、全米、ヨーロッパの至る所でアジア人差別が実際にあり、自分の盲目さを恥ずかしく思いました。

でも、全く気づいていなかったというのは、嘘になります。白人の友人とレストランや銀行に行くのとアジア人の友人とでは、確かに身をもってその違いを感じることができるからです。それは、95年から今まで生活してきて、少しの改善があることを感じても、やはり「存在しない」とは言えません。話がずれますが、30年間、ニューヨークで仕事をする上で自分が大切にしていることがあります。それは、「まず自分の心を大切にし、そして、周りへ感謝と共感を持って貢献する」ことです。人を批判したり、妬んだり、嫌悪感を持ったとしても、それは単に自分の中の正義をもとに放出した感情であるだけで、コミュニケーションにおいて大事なのは、人にはそれぞれの事情や、価値観があることを認め、自分の意識や反省のフォーカスは外部でなく、自分自身に向けるべきだと思っています。だから、肌の色から態度を変える人がいても、それは彼の知性と品位の問題であり、残念な現場を目の当たりにしたときは、国籍によってステレオタイプに人を判断することは間違っている、それは恥ずかしいことだと、その経験を反面教師にして一ついいことを学んだと思うようにしています。

アメリカの多くの人は、肌の色に関わらず、すべての人が政治に強い意見を持っています。私は、政治的な強い意見を持っていませんが、この「セッション・プレス」の出版物を通して、素晴らしい写真を撮る日本人、アジア人がいるんだと世界に伝えていきたいです。それが、私のポリティクスです。

セッション・プレスの活動をお話しするのに大変長い前置きになりましたが、写真集というフォーマットで海外の他の出版社と正々堂々とした勝負をしたいし(日本は、アジアは、すごいんだって伝えたいです)、ダシュウッドで20年間働いてきた中で培ってきた、知識と経験を活かし、美術館や、学校で講演を開いたり、ダシュウッドで対面で伝えていくことだけでなく、オンラインを使いこれからも広く写真集を多くの海外の人に紹介していきたいです。今回写真集、『SOLACE』をウィン・シャさんと作った理由は、アジアが誇る芸術の一つにウォン・カーウァイ 香港映画があります。そして、これまで写真や映画の業界では、撮影監督のクリストファー・ドイル氏にスッポトライが当てられカーウァイのビュアルが語られてきました。90年代の香港の映画を語る上でドイルの絶対的な存在と貢献は事実であっても、ウィン・シャやその他の香港のクリエイティブチームが底辺の部分で密接な連携のもと、長い間渡り支えた結果、30年も経った今でも愛される素晴らしい作品であるのではと考えたためです。そして、その当時、カーワイの映画でスティル写真部門で下っ端的な存在で、今や中国の写真界で重鎮的な立ち位置を誇るシャの写真集を作ろうと思ったのです。本作品を編集する上で、気をつけたことがあります。それは、アメリカ人やヨーロッパ人が「香港」に対する、(また、彼らの「日本」への視野も同じことが言えますが)画一した考え方や認識は、今だに拭えないと感じることがあるからです。「香港だったら、、、、、のような派手な色使いだよね」とか、「中国人の女性って、、、、だから」とか意見を伝えられることがダシュウッドでお客さんと接している中で多くあり、人種へのバイアスが強いと感じます。もちろん、それは、私たち日本人も、国籍や、特殊なバックグランドを枕詞にして、物事にレッテルを貼り単純化しようとすることがあり、反省すべきことだと思います。この写真集を通して、これまでの固定概念を崩すような違った側面を持った繊細で内証的な香港の姿をシャの視線を通し伝えることを念頭に置き、慎重に編集作業を進めました。『SOLACE』はカーワイの舞台裏映像の写真も含まれていますが、旅先のスナップショットとして海や、山、空や草原の風景写真、建築写真も多く、世界の美しいものに感動する初々しい感情に満ち溢れたショットも多く含んでおり、シャの初期作品の集大成に完成しました。

9月6日の19時より銀座蔦屋(Ginza Six)でサイン会をtwelvebooksさんのご協力のもと開催いたします。シャが、90年代の初期にどのように仕事をしていたのかだけでなく、写真家としてどのようにキャリアを築いてきたかを直接聞けるチャンスです。是非ご参加いただけますことをよろしくお願いいたします。私も、もちろん会場に伺います。

また、なぜダシュウッド・ブックスには多くのニューヨーカー、(私のインスタグラムの写真を見てただけばわかりますが)特に若者に人気があり、どうして本屋に人が集まり、写真集を求めるのか模索していきたく、それについての新企画として、コレクターや写真家の生の声をインタビューを掲載していこうと思います。今後ともよろしくお願いいたします。


photo by Ayako Moriyama

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