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アメリカの個人出版社ファイル 4:Charcoal Press

アメリカで話題の個人出版社シリーズ第4弾は、オハイオ州ウースターに拠点を持つチャコール・プレスです。本出版社の設立者のジェス・レンツは他の多くの個人出版社と同様に自身がイラストレーター、写真家というクリエイティブ経歴を持ち、レンツは自社より ”The Seraphim” (セラフィム: 旧約聖書に記されている神に仕える最高位の天使・熾天使のこと)と”The Locusts" (イナゴ:聖書の中で人類が犯す罪への神の怒りの象徴)の2冊の自身の写真集を発刊しています。キリスト教の信仰者の写真集だけにフォーカスするのかと思いきや、全く、それとは関係ない主題の作品も幅広く出版しています。また、本出版社の最大の特色は、大自然に囲まれたモンタナ州プレイ市で毎年開催されるチコ・レビュー:Chico Review (筆者も2024年度の審査員として参加・本レビューの開催はチャコール・プレスのレンツが主催)のポートフォリオ・レビューを開催し、コンテストの最終選考となった作品を出版化するという活動をとる点です。チコ・レビューの出版賞が設立されたのは、2019年と今年で6年目となり、比較的最近に設立された出版部門のため、アメリカ国内でも若手の出版社と言えるでしょう。

では、2019年に開催されたチコ・レビューの出版賞を獲得した作家と作品を大雑把に見てみると、Noah Thompson ('19:オーストラリアの自然・そこでの暮らし), Siri Kaur ('20: ロサンジェルスのオカルト信者のコミュニティーとの出会いから自己のアイデンティティーや、存在の複雑さを模索), Erinn Springer ('21:長く離れていた故郷のウイスコンシン州の自宅での家族写真と自然), Abdulhamid Kircher ('22:ドイツ生まれのトルコ人の両親をもち、ドラック売人で殺人未遂で逮捕されていた父親について、また父との葛藤), Rory King ('23:オーストラリアの自然の中で自立して生きる姿)が挙げられます。全ての受賞者の経歴を検証してみると、コンテスにエントリーする以前に、グループ展や写真集の制作、大学で写真学部を卒業など、写真家としてもキャリアの下地があり、本コンテスの入賞をキャリアの構築の更なるステップとしていることが窺われます。(反対の言い方をしたら、どうしたら、自身のキャリアを築くことができるかを理解している人が最終的に受賞を受けているとも言えます)また、受賞作品の内容から傾向をみると、22年度の受賞者Kircherの作品以外は、自然とそこに住む人の姿を表した作品が特に好まれていることがわかります。出版社の本拠地がオハヨオ州でロスやニューヨークと違った都市風景のせいでしょうか? ゲイリー・ウィノグランドや荒木経惟のように、都会の雑踏の中に生きる人々の生活を描いた作家は、本コンテストでは大賞を取ることなく、また、トーマス・ルフやジェフ・オールのようなコンセプト重視であったり、ジョン・エドモンドラヒム・フォーチュンの様に人種や性を主題とした作家も見当たらなく、政治色が薄いことも当出版社の特色と指摘できるでしょう。

21年度に写真集のアワードを受賞したエリン・スプリンガーの『Dormant Season』は、23年に発刊され去年の暮れにダシュウッド・ブックで売り出されたのですが、75ドルと新人作家の写真集にしては高額にもかかわらず、すぐに完売となりました。内容は、先述した通り故郷のウイスコンシン州の酪農を営む家族とその土地のコミュニティーと自然を描いたシンプルな作品ですが、好評であった理由は、印刷がとにかく美しかったことと、多くのアメリカ人のクライアントにとってアメリカの大自然を撮影した作品は心の故郷として馴染みの深いテーマなのかもしれません。兎角、パワーポリティクスが日々メディアを騒がせる中、多くの写真作品もその動向を反映したものが多い中で、本作は、人目を一瞬で引くような派手な内容ではないにしても、自身のプライベートの物語を大事にし、どれだけ自分の信じた主題をつき詰めているかという点にだけ焦点を当てた写真集であると言えるでしょう。

海外のフォトブックコンテストというとアパチャー・パリフォトの写真コンテストが一番話題を集めていますが、チコ・レビューの発展とともに、本出版社の今後も活躍に期待できすそうです。

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