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醍醐水




( 前回のつづき )




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観光気分で登ると、つらくなって途中で下りてしまうような登山道がつづきました。

ここを登った先にある上醍醐寺( かみだいご )には、日本最古の巡礼路の西国三十三観音霊場の第11番札所にあたる、准胝堂(じゅんていどう)があります。

そのお堂への参道にもあたるこの道は、西国三十三観音霊場の中で、最も険しい道と云われてきました。

そのことに納得をしながら登りました。




登山口から、1時間半くらいをかけて登ると、






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上醍醐の寺務所に着きました。



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入口にある室外機が動いていて、こんな山中にありながら、人が住んでいる気配を感じることができました。



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寺務所の横には、



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上醍醐の地図がありました。

山中に、お堂が点在しているのがよく分かります。

そしてその横には、



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「 醍醐山の略史 」と書かれた看板がありました。

読んでみると、ここが凄い場所だということがよく分かりました。


上醍醐が創建されたのは874年で、下醍醐が創建された904年よりも、30年前になります。

驚いたことに、平地にあって五重塔が建ち、三宝院庭園を要する下醍醐よりも、息を切らしながら登った山上の上醍醐の方が先に創建されたのです。


その理由は、ここが修験道の行場、聖地とされたからです。

また、今では意外に思う方も多いかと思いますが、より遠くへのアクセスを考えると、山の下よりも上にある方が、尾根伝いで遠くへ行きやすかったという地理的な利点もあります。

この上醍醐を創建したのは、聖宝( しょうぼう )という平安時代初期のお坊さんで、役行者( えんのぎょうじゃ )を修験道の開祖と定めて、奈良の大峰山の行場を整備した、修験道の中興の祖と仰がれた方です。


彼がこの山に登った時に、山中に美味しい水が湧いているのを発見して、その水を五味( ごみ・牛乳を精製する五段階の味のこと )の中で最上にあたる醍醐( だいご )から醍醐水と名付け、山の名前も笠取山( かさとりやま )から醍醐山と改名して、修験道の聖地・行場としてお寺を創建されました。

そして醍醐水の背後には、観音菩薩をお祀りする准胝堂(じゅんていどう)を建てられて、そこはやがて観音霊場の11番札所になりました。



解説版の横には、




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石段があって、登ると、





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