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三浦豪太の探検学校

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冒険心や探究心溢れる三浦豪太が世の中について語った日本経済新聞の連載記事「三浦豪太の探検学校」(2019年3月に最終章)の、リバイバル版。わずか11歳でキリマンジャロを登頂。フリ… もっと読む
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2023年8月の記事一覧

低酸素トレーニング

 来年1月のアコンカグア遠征に向けて、父の三浦雄一郎と僕は現在、東京・代々木にある低酸素室で高度順化に努めている。低酸素室とは、酸素濃度を薄めて高所環境に近づけた部屋のことである。  高所トレーニングというと、一般的には高所で走ったり登山をしたりというイメージを抱かれるかもしれない。もちろん、体を動かすのも高度順化の一部だが、部屋の中で安静にしていたり、ごろごろ寝ていたりするのも立派なトレーニングである。  低酸素室に入るとき、僕たちはパルスオキシメーターという機器を指に装

記者会見の決意

 12月3日。86歳になった僕の父、三浦雄一郎が来年1月に南米最高峰アコンカグアに登り、スキーで滑走するという計画を記者会見で公表した。一緒に遠征する僕も同席したこの会見には、多くの報道陣が集まって記事や番組で取り上げてくれた。父の挑戦が今でも人の注目を集めていることを改めて確認できた。  父はこれまでも、遠征前に必ず記者会見を開いてきた。その活動をひろく世に知ってもらうために。高齢になったいまも危険な挑戦を続けることに共感する人がいる半面、同じくらい反対意見がある。それは当

「山の神様」の世界

 友人がキリマンジャロを登るというので、トレーニングにつきあって神奈川の丹沢にある大山を登ってきた。江戸時代、年間20万人が「大山詣(まい)り」に来山したとされる信仰の山である。  行ってみると、沿道は霊験ある山の来歴を示して、多くの土産物屋や茶屋が軒を並べていた。女坂を登り、阿夫利神社下社に着いたところで、雨が強く降りだした。急いで茶屋の一軒に立ち寄って雨宿り。お団子やコーヒーを注文すると、店のおばちゃんが大山のことをいろいろ教えてくれた。おもしろかったのが「大山は富士山

ピアニストの脳と筋肉(写真提供:    Tomoko Hidaki)

 ピアニストの市川高嶺さんのリサイタルを東京文化会館で鑑賞したのは8月のことである。彼女はプロのピアニストでありながら大のスキー好きで、僕たちのスキーキャンプのお手伝いも良くしてくれる。  これまでにも、彼女のリサイタルには何度か行ったことがあるが、とりわけ今回、市川さん自身が特別な思いを抱いている東京文化会館での演奏に僕も居合わせることができたのは、光栄なことだった。ここでリサイタルするまでには厳しい審査があり、ピアニストとして真価を問われるのだ。そのため市川さんは開催が決

ストレスは体を強くする

 10月、新潟県阿賀野市で「健康と温泉フォーラム」が開催された。このフォーラムは、温泉地の自治体や観光関連企業が集まり、医療や環境の専門家も加えて意見を交わす場である。僕は以前から阿賀野市などでのアンチエイジングの活動に携わっていることから、ゲストスピーカーとして参加した。  温泉の効果にヒートショックプロテイン(HSP)がある。僕たちの体を作っているタンパク質は、高温によって変質しやすい。しかし同時に、細胞が熱などのストレスにさらされると、細胞を保護するタンパク質も増えて

おいしさのスパイス

 僕は毎年2回、地元逗子で豪太会というのを開いている。鎌倉、逗子、葉山の山から逗子海岸まで歩き、バーベキューをするというイベントで、今年で8年目、通算16回目になる。  逗子一円には山々が点在し、登山ルートやトレイルがいたるところにある。これらの山道には鎌倉時代から人の通いがあって、元をただせば修験道だったり関所が設けられていたりして、歴史がある。こうしたトレイルの入口の多くは住宅街の脇やお寺の裏にあって、目立たない。そこから一歩入ると、深い森がひろがっていたりする。  つ

富士登山の強い味方

 10月24日。僕は父の三浦雄一郎とともに富士山の佐藤小屋にいる。今回の合宿に先立って降雪に見舞われ、五合目付近まで雪が積もっていたが、小屋の当主である佐藤保さんが「小屋まで一緒に車で登りましょう」と申し出てくださった。  通常、富士山の登山シーズンは7月の初旬から9月の初旬までである。10月になると、ほかの富士の山小屋は閉まっているが、唯一、富士吉田五合目にある佐藤小屋だけは通年で営業している(登山シーズン以外要予約)  風雪の厳しいことでは、冬季の富士山はヒマラヤに優る

飢餓なき世界をめざして

 国連WFPという組織をご存知だろうか。WFPとはワールド・フード・プログラム(世界食糧計画)の略で、飢餓のない世界をめざす国連の支援機関である。このWFPの顧問についている僕は、先日、都内で授賞式を行った「WFPチャリティー エッセイコンテスト」で特別審査員を務めた。  このコンテストは6年前から毎年行われていて、応募1作品につき、発展途上国の子供一人の給食4日分(120円)が協力企業から国連WFPに寄付される。「おなか空いた、なに食べよ!」とテーマを掲げた今年は過去最多

山は最高のホスピタル

 来年のアコンカグア登山に向けて、ただいま父の三浦雄一郎とともに富士山の佐藤小屋に山ごもりをしている。僕は富士山を身近にあるヒマラヤだと思っている。標高4000㍍近くで高所順化ができる山は、国内にはほかにない。  こういう場所に父が来ると、最初の2~3日は必ず持病の不整脈の症状が出て、血圧も高くなる。酸素が少なくなると、体が危険を察知して交感神経が過剰に働き、心臓の脈動が不安定になるのだ。  だが低酸素状態が数日続くと、体は適応をはじめる。低酸素誘導因子が働き、酸素を運ぶ赤