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富士登山の強い味方

2018年10月27日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 10月24日。僕は父の三浦雄一郎とともに富士山の佐藤小屋にいる。今回の合宿に先立って降雪に見舞われ、五合目付近まで雪が積もっていたが、小屋の当主である佐藤保さんが「小屋まで一緒に車で登りましょう」と申し出てくださった。
 通常、富士山の登山シーズンは7月の初旬から9月の初旬までである。10月になると、ほかの富士の山小屋は閉まっているが、唯一、富士吉田五合目にある佐藤小屋だけは通年で営業している(登山シーズン以外要予約)

 風雪の厳しいことでは、冬季の富士山はヒマラヤに優るといわれている。富士山は日本の最高峰であり、独立峰である。周囲に遮るものがなく、関東の気象現象の影響をじかに受ける。特に冬季の富士山に吹く季節風は人を吹き飛ばすほどだ。さらに標高が高いため山頂に雲が集まりやすく、冬季には小屋を埋め尽くすほどの雪を降らせる。
 今回の合宿でも、佐藤小屋に着くまでが心配だった。小屋につながる滝沢林道の車両許可を所持している佐藤さんのトラックに同乗させてもらったのは、だから大いに助かったのである。トラックの荷台にはドラム缶3個分の燃料、さらに息子さんが運転する後続のトラックも食料や水を満載していた。

 僕たちのためにこんなにと申し訳ない気持ちになったが、聞いてみると、雪で林道が不通になる前に冬季のお客さんのための燃料やお米、食材、水などを運びこまなければいけないそうだ。
 冬の富士登山は過酷である半面、孤高の富士を求める登山者も大勢いる。お正月には富士山の初日の出を求めて、70~80人もの登山客が泊まりに来る。また2月、3月の富士山を登山研修の対象とする大学生や登山協会員も多い。こうした登山者が来るたびに、佐藤家の人々は雪をかき分け、小屋を開き、暖炉に火をともし、食材を運んで料理でもてなす。そしてその料理が格別においしいのだ。

 佐藤小屋にはもうひとつの顔がある。年間数十万人の人が登る富士山では、道迷いや低体温症、けが、高山病、極度の疲労などで行動不能におちいる人が後を絶たない。佐藤小屋はそういった人たちのために保護や救援の要請をする重要なレスキュー基地でもあるのだ。佐藤家の人々によって受け継がれている小屋は富士登山者の強い味方である。

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