税務UPDATE Vol.12:財産評価基本通達総則6項~取引相場のない株式の評価~
1. はじめに
今回は、税務UPDATE Vol.11 に引き続き、総則6項の話題として、株式のケースを紹介します。
株式の評価方法について問題が生じるのは、取引相場のない株式の場合となりますが、評価通達上の取引相場のない株式の評価方法は以下のとおりとなります(なお、具体的な算定方法については割愛します。)。
通常、評価額は、
となる傾向にあります。
そのため、2で紹介する裁判例のように、あえて配当還元方式を用いることにより、相続税の負担を軽減するスキームを採用しているケースがあり、今回は、そのような事案について総則6項の適用が認められている裁判例および近時の裁決事例を紹介します。
2. 裁判例等
前提として、裁判例では株式についても不動産の場合と同様に、時価の考え方のほか、評価通達や総則6項の適用について、おおむね以下のように判示しています。
(1)東京高裁平成12年9月28日判決(税務訴訟資料248号1003頁)
① 税理士が代表者であり、投資業務やコンサルティング業務を目的とする法人であるA社は、資産家に対して自社への出資を呼びかけていました。
② 当該出資に関するA社の資産家への説明は以下のとおりです。
③ 被相続人は、死亡する約5ヶ月前にA社に約27億円(1株当たり1万7115円:出資前月末における純資産価額方式により計算された金額と同額)を出資し、15万7800株を取得しました。その際、被相続人は銀行から出資の原資を借り入れていますが、融資期間は2年間とされ、担保としてA社名義の定期預金に質権が設定されました。
④ A社は、被相続人死亡の翌日に訴外第三者に対し新株を発行し、1株当たりの引受価格を1株当たり1万7223円(前月末における純資産価額方式により計算された金額と同額)としました。
⑤ 相続人は相続税の申告において、A社の株式は同族株主以外の株主等が取得した株式に該当するとして、評価通達を適用し、配当還元方式により、1株当たり208円と評価しました。
⑥ これに対し、課税庁は評価通達を適用せず、上記相続開始日の翌日に行われた新株発行の引受価格に準拠して、1株当たり1万7223円と算定して更正処分等を行いました。
⑦ なお、相続人は被相続人の死亡から約2年後、A社に1株当たり1万7282円で株式を売却し、銀行からの借入金を完済しています。
裁判所(地裁引用部分も含む。以下同じ。)は、「本件株式は、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には純資産価額による買取りが保障されており、現実にも本件課税時期には当時の右純資産価額に基づく方式で評価された価額での買取りが実現されていたのであるから」、本件株式の時価について、相続開始日の前月末現在における純資産価額方式により計算された金額である1株当たり1万7223円であると認められるとしています。
そして、「配当還元方式を採用しているのは、通常、少数株主が株式を保有する経済的実益は主として配当金の取得にあることを考慮したものであるところ、本件株式については、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には、時価による価額の実現が保障されており、本件株式に対する配当の額と比較して本件株式を売却する場合に保障される売却代金(時価)が著しく高額であることからすると、本件株式を保有する経済的実益は、配当金の取得にあるのではなく、将来純資産価額相当額の売却金を取得する点に主眼があると認められる。」として、「同族株主以外の株主の保有する株式の評価について配当還元方式を採用する評価通達の趣旨は、本件株式には当てはまらない」と判断しています。
また、配当還元方式で評価した場合の相続税額と、株式が取得されなかった場合の相続税額に約17億円もの税額差が生じることからすれば、形式的に評価通達を適用することによって、かえって実質的な公平を著しく欠く結果になるとしているほか、被相続人は株式の評価を評価通達に従い配当還元方式で行うことによって、相続税の軽減を図るために株式を取得したものと認められるところ、租税負担の実質的な公平を著しく害してまで、相続税の軽減を図るという租税回避の意図を保護すべき理由はないとしています。
(2)大阪高裁平成16年7月28日判決(税務訴訟資料254号順号9708)
① D社は、被相続人が死亡する約1年3ヶ月前に被相続人およびF社にて設立された会社です。
② D社の定款上、資本の総額は1000万円であり、出資1口の金額は1万円とされていました。しかし、被相続人およびF社の、設立の際の出資1口の引受金額は100万円であり、出資1口につき1万円を超える99万円を資本準備金とすることとしたため、引受金額計10億円のうち、1000万円を資本金に、その余の9億9000万円を資本準備金に組み入れることになりました。
③ 被相続人は、E社からの借入金により4億9000万円を出資して出資口数490口を取得し、残りの出資口数510口の出資はF社が行っています。
④ D社設立の際、F社代表者から被相続人宛てに作成した「会社設立に伴う出資の御依頼」には、「出資をして頂いた貴兄には、多額の配当をおこなうことが出来るものと考えております」と記載されていましたが、被相続人に対して配当は行われていませんでした。
⑤ 相続人は、配当還元方式により1口当たりの資本金の額1万円を基に計算し、490口の総額を245万円と算定して申告しました。
⑥ これに対し、課税庁は評価通達に定める配当還元方式の算式中の「その株式の1株当たりの資本金の額」は、1万円ではなく、実際に出資された100万円を基に計算するのが相当であるとして、評価額を2億4500万円としました。
裁判所は、「Dは、本件相続開始日の約1年3か月前に設立された有限会社であるところ、本件出資は4億9000万円という多額のものであり、しかもその原資は、本件被相続人が所有する土地を売却して調達するのではなく、敢えて、当時95歳という極めて老齢であった本件被相続人が借入金によって調達したものであること、本件出資に当たって作成された『会社設立に伴う出資の御依頼』には多額の利益配当がされる旨記載されているものの、実際に利益配当はなく、借入金にかかる多額の利益の支払いのみがなされていることに鑑みれば、本件被相続人が本件出資を行ったことはすこぶる不自然なことというほかはなく、本件出資は本件被相続人にとって全く経済的合理性のないものであるといわざるを得ない。」と判示しました。
そして、D社の設立目的、出資方法、株式の保有割合、資本組入れの方法、利益配当の有無、被相続人による本件出資の原資の調達方法、被相続人の年齢等の事実を総合考慮すれば、「本件出資は、配当還元方式を定める評価基本通達の適用を受けることにより、本件相続に係る相続財産の価額を大幅に圧縮し、他方で借入金債務を負担し、これによって控訴人ら(注:相続人)の相続税の負担を減少させる利益を得ることだけを意図して、当初から計画的に実行されたものと認められる」としています。
そして、被相続人の出資行為は、専ら本件出資の評価額を減少させることを目的として、課税要件の充足を回避するために異常な法形式を用いて行われた行為であるとし、結果1株当たりの純資産価額により評価することが相当であり、これによる価額が本件出資の本件相続開始時点における客観的な交換価値と解するべきであるとし、本件出資490口の評価額を3億8197万1464円と算定しました。
このように、裁判所の評価額は課税庁が処分時に算定した評価額2億4500万円よりも高額となりました。課税庁による処分の違法性が争われていますので、裁判所の認定した金額よりも少ない金額を課税価格として行われた処分は適法ということになります。
(3)令和2年7月8日裁決
最後に紹介するのは国税不服審判所の裁決事例になりますが、現時点では裁決内容が公表されていないため、裁決要旨等の把握可能な情報の範囲で紹介します。
① 被相続人はH社の代表取締役であったところ、I社との間でH社の株式を1株当たり約10万円で譲渡する旨の基本合意書を締結しました。
② 被相続人は基本合意書に基づく株式譲渡の前に死亡し、その後、H社の代表取締役となった被相続人の妻がI社との交渉を改めて開始し、1株当たり約10万円で譲渡することになりました。
③ このような事例において、相続人は、評価通達に定めた類似業種比準方式により1株当たり約8千円と評価して申告したところ、課税庁が総則6項を適用し、H社の株式について鑑定評価により1株当たり約8万円と評価して更正処分等を行ったようです。
国税不服審判所が公表している裁決要旨によると、相続人は総則6項を適用した評価額による更正処分は①評価方法に合理性がない、②相続開始前における株式譲渡の協議は株式の売買予約ではなく、のれん等の無形資産の価値が顕在化したことを示すものではない、③申告した評価額と当該協議の価格との間にかい離があることをもって特別の事情があるとはいえないと主張したようですが、審判所は類似業種比準価額は、総則6項を適用した評価額(鑑定評価額)および当該協議の価格と著しくかい離しており、相続開始時における相続した株式の客観的な交換価値を示しているものとみることはできないとして、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価すべき特別の事情があると判断しています。
相続人はその後、訴訟提起しているようです。
3. まとめ
上記2(1)および(2)の裁判例においては、評価通達に基づく評価方法を用いることが当該評価通達の趣旨に適合するかという点に加えて、評価通達による価額と他の合理的な時価の評価方法による価額に著しいかい離が存在するかという点のほか、租税回避的な要素が考慮されており、経済合理性のある行為か否かが重視されていると考えられます。
他方、2(3)の裁決事例では、具体的な事実関係については不明であるものの、租税回避的な要素については触れられていないようにも思われます。
価額のかい離および租税回避的な要素の存在という認定要素については、不動産の場合でも指摘されているところ、相続財産が株式の場合と不動産の場合とで問題点は相応に重複すると考えられます。
前回ご紹介した不動産の場合の東京高裁令和2年6月24日判決の事案に係る最高裁判決は令和4年4月19日に予定されています。上記のとおり、問題点が重複していることを踏まえると、当該最高裁判決については、相続財産を株式とする事案における総則6項の適用との関係でも影響がある可能性があります。
Authors
弁護士 迫野 馨恵(弁護士法人三浦法律事務所 名古屋オフィス 法人カウンセル)
PROFILE:2007年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)、11年~16年東海財務局理財部において金融証券検査官、16年~21年名古屋国税局調査部調査審理課において国際調査審理官として勤務(いずれも特定任期付職員)。21年9月から現職。
弁護士 山口 亮子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2005年弁護士登録(2020年再登録、第二東京弁護士会所属)、18年~20年東京国税局調査第一部調査審理課において国際調査審理官(特定任期付職員)として勤務。20年7月から現職。
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