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危機管理INSIGHTS Vol.14:外国公務員贈賄規制の勘所④-2023年不正競争防止法改正による規制強化-

1. はじめに

2023年6月7日に、「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」(知財一括法)が成立し、不正競争防止法の外国公務員贈賄規制についても強化する方向で改正がなされました。同法は同年6月14日に公布され、公布日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされています。

今回は、外国公務員贈賄規制の改正がなされた趣旨および改正内容を解説します。

2. 改正の経緯・趣旨

経済産業省の2023年3月10日付けの「『不正競争防止法等の一部を改正する法律案』が閣議決定されました」と題するニュースリリースでは、「外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充」の理由として、「OECD外国公務員贈賄防止条約をより高い水準で的確に実施するため」と記載されています。この記載の内実を少し噛み砕いて説明します。

(1)「OECD外国公務員贈賄防止条約」とは?

まず、「OECD外国公務員贈賄防止条約」とは、1997年12月に、OECD(経済協力開発機構)の本部において、日本を含む33か国により署名された「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」を指しています(分かりやすさを重視し、本稿では「OECD外国公務員贈賄防止条約」と表記します)。OECD外国公務員贈賄防止条約は1999年2月15日に発効し、締結国は外国公務員に対する贈賄を犯罪として国内法で定める必要があると定められています。

OECD外国公務員贈賄防止条約については、各種省庁のウェブサイトや本連載の過去記事をご参照ください。

【参照リンク】
外務省ウェブサイト「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」

 経済産業省ウェブサイト「外国公務員防止条約に関する経緯」

三浦法律事務所note「危機管理INSIGHTS Vol.1:外国公務員贈賄規制の勘所①-なぜ外国公務員に贈賄してはならないのか?-」

(2)OECD贈賄作業部会による日本への審査・勧告

OECD外国公務員贈賄防止条約の実施の監督・促進を担うOECD贈賄作業部会(Working Group on Bribery。以下「WGB」といいます。)が条約締結国間の相互審査(ピア・レビュー)を実施しています。WGBは、日本に対しても、これまで4回にわたり審査を行い、その結果を「審査報告書」の形で公表し、日本に対する勧告を行っています。

2019年6月27日にWGBによる日本への審査がなされ、同年8月27日にWGBの第4期対日審査報告書が公表されました。同報告書は、日本に対し、「条約の発効から20年が経過したが、WGBは日本が未だに外国公務員贈賄罪を十分に実施していないことを引き続き懸念する。全体として、日本は46件しか外国公務員贈賄の疑いのある事案を探知しておらず、その半分はWGBが日本に知らせたものである。知らされた46件の事案のうち、日本は30件を捜査し、5件の外国公務員贈賄事案で12個人及び2法人の起訴に至った。これは、日本の経済規模並びに日本企業がリスクの高い地域及び分野で活動していることに鑑みれば著しく低い。」(同報告書Executive Summary(仮訳)1頁)と指摘した上で、①外国公務員贈賄の探知に関する勧告、②外国公務員贈賄罪の執行に関する勧告、③法人の責任及び法人への関与に関する勧告、④条約の履行に影響するその他の措置に関する勧告という表題の下、17にわたる勧告がなされました。

【参照リンク】
OECDウェブサイト「Japan-OECD Anti-Bribery Convention」

外務省ウェブサイト「OECD贈賄作業部会による第4期対日審査報告書の公表」

(3)勧告を受けた日本の対応

上記(2)のWGBの勧告を受け、2021年5月12日に、経済産業省知的財産政策室は、「外国公務員贈賄防止に関する研究会報告書」を公表しました。本連載の過去記事でご紹介したとおり、ここでの議論等を踏まえて、経済産業省は、「外国公務員贈賄防止指針」の改訂版および「外国公務員贈賄防止指針のてびき」を公表するに至りました。

その後、2023年3月に、産業構造審議会知的財産分科会不正競争防止小委員会 外国公務員贈賄に関するワーキンググループは、「外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書」を公表しました。

同報告書では、WGBの第四期対日審査において、以下の4点の法制見直しを求める優先勧告を受けたことを踏まえて、海外制度の検討などを行い、「制度的手当の方向性」を提示しています。

① 自然人に対する制裁の在り方
② 法人に対する制裁の在り方
③ 公訴時効の在り方
④ 法人に対する適用管轄(国外犯処罰)の在り方

同報告書で提示された、4点に関する「制度的手当の方向性」は以下の表のとおりです(①、②、④については政府内での検討を経て決定することが相当とされています)。

3. 改正内容のポイント

今回の外国公務員贈賄規制に関する不正競争防止法改正のポイントは、下記の図のとおり、①自然人への罰則の強化、②両罰規定による法人への罰則の強化、③海外単独贈賄行為の処罰範囲の拡大の3点です。

(出典:経済産業省ウェブサイト「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」16頁) 

(1)自然人への罰則の強化

第1に、自然人に対する罰金刑の上限を500万円から3000万円に引き上げるとともに、懲役刑の長期を5年から10年に引き上げるという、自然人への罰則の強化がなされました。

具体的には、改正不正競争防止法21条4項4号において、同法第18条第1項の規定(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)に違反したときは、「10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定められるに至りました。

「5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金、又はこれらの併科」から、「10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金、又はこれらの併科」となり、自然人への罰則が大幅に強化されることになった点は一目瞭然です。

この改正により、上記「外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書」記載の「制度的手当の方向性」①は充足され、更に懲役刑の長期が10年となったことにより、③も充足されることになりました。

(2)両罰規定による法人への罰則の強化

第2に、両罰規定による法人に対する罰金刑の上限を3億円から10億円に引き上げるという、法人への両罰規定の強化がなされました。

前提として、日本では、法人に所属する役職員らが法人の業務に関連して違法行為を行い、刑罰を受けることになった場合に、法人も併せて処罰する旨の定め(いわゆる「両罰規定」)がない限り、法人を処罰することはできず、個人への刑罰を離れて法人のみに刑罰を科すことは想定されていません。

改正不正競争防止法第22条1項1号では、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、同法第18条第1項の規定(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)の違反行為をしたときは、「行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する」として、法人に「10億円以下の罰金刑」を科すと定めています。

個人への罰金刑は6倍に強化されましたが、法人への罰金刑についても3倍以上の強化がなされることになり、個人・法人両者への犯罪抑止効果が高まったものと考えられます。

この改正により、上記「外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書」記載の「制度的手当の方向性」②が充足されることになりました。

(3)海外単独贈賄行為の処罰範囲の拡大

第3に、日本企業の外国人従業員等による海外での単独贈賄行為も処罰対象に追加されました。

具体的には、改正不正競争防止法第21条11項において、「第4項第4号の罪は、日本国内に主たる事務所を有する法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者であって、その法人の業務に関し、日本国外において同号の罪を犯した日本国民以外の者にも適用する。」と定めています。

例えば、日本企業に所属するA国の国籍の従業員であるα氏が、当該企業の業務に関し、B国においてB国公務員に賄賂を贈った場合であっても、α氏が日本の不正競争防止法上の海外公務員贈賄罪で処罰され得ることになります。

この改正により、上記「外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書」記載の「制度的手当の方向性」④が充足されることになりました。

(4)改正法の施行日

改正不正競争防止法のうち、外国公務員贈賄規制の部分については、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されるとされています。

4. まとめ

外国公務員贈賄規制対応が、特に海外進出を考える企業にとって非常に重要であることは言うまでもありませんが、現実問題として令和の時代に入っても外国公務員への贈賄事案は後を絶ちません。

今回の不正競争防止法の改正により、外国公務員贈賄への罰則が強化・拡充されたことにより、ひとたび外国公務員贈賄が発覚した際に企業や個人が受けるサンクションは大きくなり、目先の便宜やビジネスチャンスを得たいという誘惑に駆られた代償が一層大きくなることになりました。

企業担当者は、本改正を契機として、改めて社内での贈賄・汚職対策が万全であるかを見直すとともに、規程や施策を周知徹底し、自社で海外公務員贈賄が発生しないよう適切なリスクマネジメントを行う必要があります。

本稿がそのための一助になりましたら幸いです。


Authors

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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