見出し画像

危機管理INSIGHTS Vol.6:課徴金納付命令が取り消された上、国賠請求が認められた事案

1. はじめに

昨年12月9日、東京地裁において、インサイダー取引事案(情報伝達規制違反)に関して、金融庁の課徴金納付命令が取り消された上に、国家賠償法(以下「国賠法」といいます。)に基づく損害賠償請求(認容額は120万円)まで認める判決(平成29年(行ウ)第192号、公刊物未登載、以下「本判決」といい、本判決の事案について「本件」といいます。)が出ました。本判決については控訴されており、最終的な結論はまだ出ていませんが、今回は本判決のうち、インサイダー取引の成否に係る部分をご紹介します。

2. 事案の概要

本件については、平成28年3月25日に証券取引等監視委員会(以下「SESC」といいます。)の勧告が行われ、平成29年4月11日に金融庁の課徴金納付命令が出されています。

原告は、A社の役員(取締役最高財務責任者(CFO))であったところ、その職務に関し知った純利益の下方修正(業績修正、以下「本件重要事実」といいます。)について、その公表がされる前にA社の株式の売付けをさせることにより知人の損失の発生を回避させる目的をもって伝達したとされており、概要図は以下のとおりです。

画像1

本件の争点は、原告が知人に伝達行為を行ったとされる平成27年12月30日(以下「伝達日」といいます。)以前において、本件重要事実が生じていたかどうかです。地裁は、伝達日よりも前に本件重要事実が生じていたとは認められないとして課徴金納付命令を取り消すとともに、SESCの調査官が客観的事実に反する調書を作成したことについて国賠法上の違法性が認められるとして、国賠法に基づく損害賠償請求も認容しました。

3. 重要事実としての業績修正

業績修正に係る重要事実(金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)166条2項3号)は以下のとおり(本件での関係個所は太字のとおり)です。

当該上場会社等の売上高、経常利益若しくは純利益(以下この条において「売上高等」という。)若しくは第一号トに規定する配当又は当該上場会社等の属する企業集団の売上高等について、公表がされた直近の予想値(当該予想値がない場合は、公表がされた前事業年度の実績値)に比較して当該上場会社等が新たに算出した予想値又は当事業年度の決算において差異(投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令で定める基準に該当するものに限る。)が生じたこと

上記のとおり、業績修正に係る重要事実は、「投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なものとして内閣府令に該当するもの」(有価証券の取引等の規制に関する内閣府令51条)に限られており、本件重要事実の対象である純利益との関係では、新たに算出した予想値を直近予想値で除した数値が1.3以上または0.7以下、すなわち直近予想値との増減率が±30%以上であることが求められています(同条3号。以下±30%を「基準値」といい、負の数値の場合でも絶対値において基準値以上となる予想値を「基準値以上の予想値」といいます。)。

したがって、業績修正が重要事実に該当するためには、①当該上場会社等が新たに算出した予想値があり、②当該予想値と直近予想値との増減率が基準値以上であることが必要となります。

この点に関し、従前からの解釈では、

・予想値については、会社の判断として実質的に確定した予想値等と考えられ、予想値の算出に責任をもつ役員や部長、課長が予想値を確認した段階であれば上場会社等として算出したことになると解されています。(*1)

・会社が新たに予想値等を算出している過程で出された確定数値でないものであっても、会社においてその後の検討を重ねたとしても、その時点で基準値を上回ることが確定している数値が算出されている場合も含まれると解されています。(*2)

・一定の幅のある予想を行い、これが基準値の前後にまたがる場合には、やはり重要事実に該当するものと解されています。(*3)

*1 出典:三國谷勝範編著『インサイダー取引規制詳解』102頁(資本市場研究会、1990)
*2 出典:平野龍一編著『注解特別刑法 補巻(2)』250頁(青林書院、1996)
*3 出典:横畠祐介『逐条解説 インサイダー取引規制と罰則』116頁(商事法務、1989)

以上を踏まえ、本判決について説明します。

4. 判決の検討

まず、本判決は、解釈論としては以下のとおり記載しています。

上場会社等における業績予想修正についての実質的な意思決定としては、抽象的なものから具体的なものまで様々な内容を想定し得るところ、その内容によって、当該意思決定に係る情報が投資者の投資判断に及ぼす影響の大きさも異なると考えられることや、(中略)課徴金納付命令や刑事罰の対象とされる違反行為の認定に関して相応の慎重さが要請されることに鑑みれば、上場会社等において増減率が基準値以上となる純利益の予想値を「新たに算出した」場合に該当する実質的な意思決定がされたといえるためには、純利益の予想値に係る業績予想修正についての意思決定が、単に増減率が基準値以上となる抽象的な可能性の下に行われたというだけでは足りず、少なくとも、増減率が基準値以上となることにつき、具体的な根拠に基づいて行われたと認められることを要するというべきである。

また、本判決の認定した事実の経緯の概要は以下のとおりです。

画像2

上記のとおり、本件においては、算出された予想値が各時点において変動しているところ、まず地裁は、予想値の算出がなされたとされる平成27年12月22日の取締役会においては、増減率が-29.73%であることを前提に議論がなされていると認定を行いました。その上で、当該取締役会時点では増減率が基準値以上となる抽象的な可能性があったと認められるにとどまり、基準値以上となる具体的な根拠に基づいた意思決定が行われたと認めることはできないとし、当該取締役会において増減率が基準値以上となる純利益の予想値を「新たに算出した」場合に該当する実質的な意思決定がされたということはできないとしています。

5. まとめ

上記のとおり本判決については控訴されており、未だ確定しておりませんので、地裁の判断が高裁においても維持されるかどうかはわかりません。

地裁判決は算出主体を取締役会と認定しています(もっとも、この点については、当初から平成27年12月22日の取締役会で算出されたとの認定をSESCが行っていたようであり、それを前提に地裁は判断しておりますので、争点としては判断されていません)。算出主体を取締役会とした場合には、同取締役会においてどのような内容で算出されたのか(-29.73%であったのか、-29.73%から-34.25%であったのか)という事実認定の問題となります。確かに、取締役会を算出主体とした上で、同取締役会において-29.73%の数値しか議論されていないということであれば地裁のような認定になります。他方、予想値はあくまで予想値であり、①取締役会以前にCFOたる原告が-34.25%という数値を算定していること(同数値は抽象的な数値とは言えず具体的な根拠に基づいた数値と考えられること)、②同数値が記載された取締役会資料が提出されていること、③同日の議論の対象が-29.73%であったとしても、取締役の認識として-34.25%という数値も資料上見ており、-29.73%なのか-34.25%なのかというところが詳細に議論された形跡もなく、いずれにせよ業績予想を修正することとなっていること、-29.73%と-30%の差はわずか0.27%しかなく、精査中とされたコストが見込みを上回れば容易に-30%に達することからすれば、取締役の意図としては、予想値が基準値以上となるも許容しているとも認定し得ること、④予想値の(主たる)変動要因は繰延税金資産であるところ、結局のところ監査法人から繰延税金資産の計上は見送るよう指摘されており、かかる指摘につき特段議論された気配もなく受け入れていることからすれば、-29.73%から-34.25%のレンジで算出がなされたという認定もあり得たところかとは思います。

他方、上記3記載のとおり、算出主体は予想値の算出に責任をもつ役員でも良いと解されているところ、本件の原告は、A社の取締役最高財務責任者(CFO)であり、事実関係次第では地裁判決の認定とは異なり、算出主体を原告とし、原告が-34.25%の数値を算出し、取締役会に議案を提出した段階(平成27年12月21日午前10時頃)で、本件重要事実が発生したという認定もあり得るように思われます。仮にそのような認定がなされる場合、今度はCFOが都度算出している値につき、①その時々に算出された数値のみが予想値なのか、②CFOにおいて一定程度のレンジを持った数値を算出し、そのうち増減率が低いものを取締役会において説明したのか、という事実認定の問題となります。

いずれにせよ、相当程度悩ましい事実認定の問題となるところ、本判決のように国賠法に基づく損害賠償請求まで認める判決が出ると、SESCとしては、今後の調査および勧告について相当程度慎重に対応せざるを得なくなるように思います。CFOたる役員が自ら基準値に近時した予想値および基準値以上の予想値を算出している段階において、知人に対し業績悪化の事実を伝達するといった事案は、一般投資家の目から見れば許されざる事案であり、本件のような事案が行政罰の対象ともならないことが果たして妥当なのかについては検討の余地があるように思われます。

なお、本稿のうち意見にわたる部分は著者の個人的見解であり、著者の現在所属し、又は過去に所属した団体の見解ではないことを申し添えます。


Author

弁護士 山口 亮子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2005年弁護士登録(2020年再登録、第二東京弁護士会所属)、16年~18年金融庁証券取引等監視委員会において、インサイダー取引、相場操縦等の不公正取引の調査に従事。20年7月から現職。

弁護士 清水 裕大(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2017年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。高井・岡芹法律事務所(~2021年4月)を経て、2021年5月から現職。前職以来、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱うほか、M&A、不正調査、危機管理の案件にも従事。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?