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労働法UPDATEVol.4:無期転換ルール・裁量労働制に関する改正①~「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を受けて~

1. はじめに

現在、労働契約法18条に基づくいわゆる無期転換ルール、および労働基準法38条の3・38条の4に定める裁量労働制等について、関連する省令や指針(以下「省令等」といいます。)の改正(以下総称して「本改正」といいます。)が行われています。2023年2月14日には、省令等の具体的な改正要綱案(以下総称して「本改正要綱案」といいます。)について、厚生労働大臣から労働政策審議会に対して諮問があり、同日付けでいずれもおおむね妥当である旨の答申がなされました。

【本改正要綱案】
労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令案要綱(諮問

有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の一部を改正する件案要綱(諮問

労働基準法第三十八条の四第一項の規定により同項第一号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第二十四条の二の二第二項第六号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示案要綱(諮問)

今後、本改正要綱案の内容に沿って省令等の改正が実施されると思われるところ、本改正要綱案によれば、いずれも来年2024年4月1日から施行(適用)されることとなっています。無期転換ルール・裁量労働制はいずれも、企業における雇用形態や労働時間制度の設計、これらを踏まえた人材マネジメントの在り方等の観点から重要な法制度であるため、本改正が実務に与える影響は小さくなく、各企業においては本改正に対応するための準備を進める必要があります。

以下では、本改正のうち、主に無期転換ルールに関連して改正される省令(※1)および指針(※2)の内容について実務上の対応も含めて説明いたします。なお、裁量労働制に関する改正については、「労働法UPDATEVol.5:無期転換ルール・裁量労働制に関する改正②~『今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)』を受けて~を併せてご参照ください。

※1 労働基準法15条、労働基準法施行規則5

※2 有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号

2. 無期転換ルールに関連する本改正要綱案の内容

(1) 無期転換ルールとは

「無期転換ルール」とは、下記①~③を満たす有期契約労働者について、使用者が下記③の申込みを承諾したものとみなし、当該使用者との間で、現に締結している有期労働契約の労働条件と同一内容(別段の定めがある部分を除く。)の無期労働契約が締結されるとする制度です(労働契約法18条。詳細は無期転換ルールについて 参照)。2012年労働契約法改正によって導入され、2013年4月1日以降に締結された有期労働契約に適用されることになっています。

① 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の通算契約期間が5年を超える労働者が、
② 現に締結している有期労働契約の契約期間満了日までに、
③ 使用者に対して、当該期間満了日の翌日から期間の定めのない労働契約を締結する旨の申込みをした場合

厚生労働省「無期転換ルールについて

(2)本改正要綱案の内容

本改正要綱案のうち、無期転換ルールに関連するものは上記1の①および②であり、その概要等は以下のとおりです。なお、本稿では主に無期転換ルールに焦点を当てて解説していますが、以下のうち「就業場所及び業務の変更の範囲」の明示事項への追加については、下記3および4のとおり、無期転換ルールに係る本改正と併せて、労働者全般を対象とする労働契約関係の明確化を図る改正が行われたことを踏まえたものであり、いわゆる正社員を含む労働者全般に該当する改正となっている点に注意が必要です。

3. 本改正の実務上のポイント

(1)概要

本改正を踏まえた実務上のポイントを整理すると、下記のとおりです。

(2)雇用契約書・労働条件通知書の記載の見直しおよび修正(上記①②③)への対応について

雇用契約書・労働条件通知書の記載の見直しおよび修正のうち、上記①および上記③については、その文言のとおりに対応するものとなりますので、改正に合わせてひな型を修正することで対応しやすいものと思われます。

もっとも、「就業場所及び業務の変更の範囲」(上記②)については、本改正要綱案だけからは具体的な内容が明らかではなく、今後制定される省令等の文言を確認する必要があります。

この点について、2022年3月付け「多様化する労働契約のルールに関する検討会 報告書」(以下「多様化検討会報告」といいます。)では上記②に関して、以下のような指摘がなされており、今後の実務対応において参考になります。

・ 就業の場所・従事すべき業務が限定されている場合にはその具体的な意味を示すことになり、また、就業の場所・従事すべき業務の変更が予定されている場合にはその旨を示すことになる(多様化検討会報告31頁)。

・ 例えば、東京23区内に限定されている場合は「勤務地の変更の範囲:東京23区内」と示されることが想定され、また、勤務地に限定がない場合は「勤務地の変更の範囲:会社の定める事業所」と示されることが想定される(同報告脚注62)。

(3)雇用期間の見通しを持った採用(上記①・④)への対応について

これまで有期雇用における通算契約期間または更新回数の上限の設定(上記①)については特段ルールが定められておらず、裁判例の積み重ねによって判断されてきました。本改正により、使用者は、通算契約期間または更新回数の上限を有期雇用労働者の採用時から明らかにする必要が生じます。また、本改正によって雇用契約締結後に新たに更新回数の上限を設ける等の制限を加える場合は、その理由をあらかじめ労働者に説明することになるため(上記④)、従前の実務においても決して容易ではありませんでしたが、採用後に更新回数の上限を設けることが一層困難になると考えられます。さらに、この手続を怠って更新上限を理由に更新拒絶(雇止め)を行ったとしても、雇止めが違法・無効とされる可能性が高まることになります。

したがって、使用者としては、それぞれの有期雇用労働者を採用する段階から、各労働者のスキルや希望する働き方等を踏まえつつ、通算でどの程度の期間、有期雇用労働者として就業していただくのか(さらには無期転換も視野に入れるか否か)について、見通しを立てた上で必要に応じて更新回数の上限等を定めることが求められると思われます。

4. コラム:無期転換ルールに関連する本改正の経緯

そもそも本改正は、労働政策審議会の労働条件分科会が2022年12月27日に公表した「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」(以下「本報告」といいます。)を受けたものですが、本報告は、それ以前の多様化検討会報告(2022年3月付け)および同年7月15日付け「これからの労働時間制度に関する検討会 報告書」という2つの報告書を踏まえて公表されたものです。

もともと無期転換ルールについては、2012年の労働契約法改正の際、2013年4月1日の施行から8年が経過した後、施行の状況を勘案しつつ、必要な措置を講じることとされておりました(労働契約法の一部を改正する法律(平成24年法律第56号)附則3項)。

また、無期転換権を行使した労働者の労働契約の内容は、別段の定めがない限り、従前の有期労働契約と同一の労働条件となるため(労働契約法18条1項)、無期転換後の労働者は、雇用期間の定めのない従業員ではあるものの、勤務地・職種・勤務時間等に限定のない、いわゆる正社員とは異なる働き方となる可能性があります。そのような無期転換後の労働者にとっては、勤務地限定・職種限定正社員のような多様な正社員の存在が重要な受け皿の1つとして期待され(多様化検討会報告1頁)、実際2019年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」においても、ジョブ型雇用とも関連する形で、これらの多様な正社員に係る雇用ルールの明確化について、2020年度中に検討を開始する旨が定められていました(同23頁)。

以上を踏まえ、2021年3月以降、厚生労働省に「多様化する労働契約のルールに関する検討会」が設置され、無期転換ルールの見直しと多様な正社員の雇用ルールの明確化等について約1年間にわたる議論を行った結果、2022年3月に上記の多様化検討会報告が取り纏められました。

そして、多様化検討会報告の内容を踏まえ、2022年5月以降は労働政策審議会の労働条件分科会において議論が続けられ、昨年末の2022年12月27日に本報告が公表されるに至りました。本報告では、無期転換ルールその他の労働契約法制について、主に以下のような指摘がなされており、このうち、有期契約を含む労働契約関係全般の明確化に関するものを中心に、本改正要綱案として実際に省令等に具体化されております。


Authors

弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職(2023年1月パートナー就任)。経営法曹会議会員(2020年~)。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、知的財産、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。


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