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労働法UPDATE Vol.5:無期転換ルール・裁量労働制に関する改正②~「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を受けて~

1. はじめに

前回の「労働法UPDATE Vol.4:無期転換ルール・裁量労働制に関する改正①~『今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)』を受けて~」では、現在進められている無期転換ルール・裁量労働制等に関連する省令や指針(以下「省令等」といいます。)の改正(以下総称して「本改正」といい、下記の本改正に係る要綱案を総称して「本改正要綱案」といいます。)のうち、無期転換ルール・労働契約関係の明確化に関する内容について説明しました。

以下では、本改正のうち、残りの裁量労働制に関連する省令(※1)および指針(※2)の内容について実務上の対応も含めて説明いたします。

※1 労働基準法施行規則24条の2の2乃至24条の2の5

※2 労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針(平成11年12月27日厚生労働省告示第149号)

今後、本改正要綱案の内容に沿って省令等の改正が実施されると思われるところ、本改正要綱案によれば、いずれも来年2024年4月1日から施行(適用)されることとなっており、各企業においては対応に向けた準備を進めることが必要となります。

【本改正要綱案】
労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令案要綱(諮問)

有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の一部を改正する件案要綱(諮問)

労働基準法第三十八条の四第一項の規定により同項第一号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第二十四条の二の二第二項第六号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示案要綱(諮問)

2. 裁量労働制に関連する本改正要綱案の内容

(1)裁量労働制とは

裁量労働制とは、おおむね、業務の遂行の仕方や労働時間の配分について労働者が裁量をもって就労しており、業務遂行の実態や能力発揮の観点から、通常の労働者と同様に実労働時間に基づいて労働時間規制・割増賃金規制等を適用することが不適切と思われる場合に対処する制度であるといえます(菅野和夫「労働法 第12版」(弘文堂 2019年)544頁、荒木尚志「労働法 第5版」(有斐閣 2022年)221頁参照)。

裁量労働制には、以下のとおり、専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)と企画業務型裁量労働制(同法38条の4)が存在し、いずれの場合も適用対象となる労働者については、実労働時間とは切り離されたみなし労働時間をもって労働時間を把握することとなります(詳細については、厚生労働省「裁量労働制の概要」参照)。

【専門業務型裁量労働制】
「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」(労働基準法38条の3第1項1号)に従事する労働者を対象とする裁量労働制。

企画業務型裁量労働制】
「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」(労働基準法38条の4第1項1号)に従事する労働者を対象とする裁量労働制。

(2)本改正要綱案の内容

本改正概要案のうち、裁量労働制に関連するものは上記1の①および③であり、その概要は以下のとおりです。

① 専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)

② 企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)
(a) 省令に関する改正

(b) 指針に関する改正の要旨(※)

※ 指針については改正の要旨を記載しており、詳細については、労働基準法第三十八条の四第一項の規定により同項第一号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第二十四条の二の二第二項第六号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示案要綱(諮問)参照。

3. 本改正の実務上のポイント

(1)概要

本改正を踏まえた実務上のポイントを整理すると、下表のとおりです。なお、現状公開されているものは要綱ですので、今後具体的な省令案・指針案が公開された際に、具体的な文言に基づいた実務対応の準備をする必要があります。

(2)専門業務型裁量労働制の適用範囲の変化への対応(上記2.(2)①)

これまで専門業務型裁量労働制の適用に際しては、企画業務型裁量労働制とは異なり(労働基準法38条の4第1項6号参照)、対象労働者から個別に同意を取得する必要はありませんでした。そのため、専門業務型裁量労働制においては、対象労働者の従事する業務がその性質等に鑑み、所定の対象業務(厚生労働省労働基準局監督課「専門業務型裁量労働制」参照)に該当すると認められるかが一つのポイントとなっていました。

この点、本改正においては、いわゆるM&A関連業務が追加され対象業務が拡大された一方で、専門業務型裁量労働制の適用に際し、企画業務型裁量労働制と同様、対象労働者からの個別同意を取得することが必要となりますので、専門業務型裁量労働制の適用範囲が従前とは異なる形になると想定されます(下図参照)。

各企業においては、本改正施行後、各労働者の同意の状況次第では、同一の対象業務を行う労働者の中でも、専門業務型裁量労働制が適用される者と適用されない者が併存する可能性があることに留意しつつ、労働者の配置や労働時間管理の体制を検討することが求められます。

(3)企画業務型裁量労働制に関する実務運用の変化への対応(上記2.(2)②)

専門業務型裁量労働制に係る改正とは異なり、企画業務型裁量労働制については、対象労働者の範囲その他適用要件を大きく変化させるような改正は含まれていません。他方で、企画業務型裁量労働制を導入して以降の運用面については、決議事項の追加、労使委員会の運営規程の修正、定期報告頻度の変更など、多くの改正がなされており、企画業務型裁量労働制の運営方法が従前と相応に異なることが予想されます。そのため、各企業においては、本改正施行後、企画業務型裁量労働制の適用を維持するかも含めて検討した上で、維持する場合には各種の改正事項に適切に漏れなく対応し、新たな実務運用を自社の人事制度に根付かせていくことが求められます。

4. コラム:裁量労働制に関連する本改正の経緯

前回の「労働法UPDATE Vol.4:無期転換ルール・裁量労働制に関する改正①~「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を受けて~」において記載のとおり、本改正は、労働政策審議会の労働条件分科会が2022年12月27日に公表した「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」(以下「本報告」といいます。)を受けたものですが、本報告は、それ以前の2022年3月付け「多様化する労働契約のルールに関する検討会 報告書」および同年7月15日付け「これからの労働時間制度に関する検討会 報告書」(以下「労働時間検討会報告」といいます。)という2つの報告書を踏まえて公表されたものです。

裁量労働制については、1987年の労働基準法改正によって専門業務型裁量労働制が導入され、1998年改正では企画業務型裁量労働制が創設されました。その後、2018年のいわゆる働き方改革関連法の検討に併せ、裁量労働制の見直しに関する検討が進められていましたが、その最中、裁量労働制などの実態調査に関して公的統計としての信頼性に問題が生じ、再度適切に実態調査を行った上で制度改革に係る検討を行うこととなりました。

これを受け、裁量労働制実態調査に関する専門家検討会が開催され、2021年6月25日に同検討会が統計調査の結果を取りまとめ公表しました。これを踏まえ、2021年7月以降、厚生労働省に「これからの労働時間制度に関する検討会」が設置され、約1年にわたる議論を経て、2022年7月に労働時間検討会報告が公表されました。

労働時間検討会報告では、労働者の健康確保、労使双方の多様なニーズに応じた働き方の実現および労使双方の十分な協議の必要性という視点を踏まえながら、裁量労働制を含む労働時間制度全般について検討を行いました。このうち、裁量労働制については、労使双方にメリットをもたらしている事例が一定程度あることを認識しつつ、制度の濫用等を引き続き防止するため、①労働者が理解・納得した上で裁量労働制を適用され、裁量を確保した状態で働ける状況を制度的に担保すること、②裁量労働制の対象労働者の健康確保・処遇確保を徹底すること、③労使双方が十分に協議しつつ制度の適正な運用を確保すること等が検討課題であると指摘し、これらの観点から各種の提言を行っています。

このような労働時間検討会報告の内容を踏まえ、2022年7月以降は労働政策審議会の労働条件分科会において議論が続けられ、昨年末の2022年12月27日に本報告が公表されるに至りました。本報告では、裁量労働制について主に以下のような指摘がなされており、このうち、その一部は本改正要綱案として実際に省令等に具体化されております。

※ 「企画型」:企画業務型裁量労働制、「専門型」:専門業務型裁量労働制


Authors

弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職(2023年1月パートナー就任)。経営法曹会議会員(2020年~)。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、知的財産、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。

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