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労働法UPDATE Vol.2:「同一労働同一賃金」に関する最高裁判決~大阪医科大学事件・メトロコマース事件~

今回は、前回ご紹介した「同一労働同一賃金」に関する5件の最高裁判決のうち、令和2年10月13日に出された2件の最高裁判決(大阪医科大学事件、メトロコマース事件)について、その内容をご紹介いたします。

(労働法UPDATE Vol.1:「同一労働同一賃金」に関する5つの最高裁判決はリンクから)

1. 大阪医科大学事件(最三判令和2年10月13日)

(1)事案・争点

前回も記載しましたが、当該事案は大学に勤務していたアルバイト職員(有期労働契約)と正職員(無期労働契約)との間で、賞与および私傷病による欠勤中の賃金等に相違があることは労働契約法20条に違反するとして、アルバイト職員が大学に対し、不法行為に基づき上記相違に係る賃金相当額等の損害賠償を求めた事案です(下級審裁判例として大阪地判平成30年1月24日[労判1175号5頁]、大阪高判平成31年2月15日[労判1199号5頁])。

最高裁では、①賞与、②私傷病による欠勤中の賃金、について不合理性の有無が問題となっています。この点に関して少し補足をしますと、大学では、賞与に関しては正職員には支給されていましたが、アルバイト職員には不支給となっていました。また、私傷病による欠勤中の賃金に関しては、正職員に対しては私傷病により労務を提供することができない場合に給料(6カ月間)および休職給(休職期間中において標準給与の2割)が支給されることとなっていたのに対し、アルバイト職員に対してはこれらの支給が一切ない状況でした。これに対し、アルバイト職員がその待遇条件の格差について不合理性を主張した事案です。

原審の大阪高裁では、賞与の不支給については正職員と比較して支給基準の60%を下回る部分の相違は不合理であると判断され、私傷病による欠勤中の賃金の不支給については欠勤中の賃金のうち、給料1か月分および休職給2カ月分を下回る部分の相違は不合理と判断されており、今回その点について最高裁の判断がなされました。

(2)最高裁の判断

原審の判断から一転、賞与、私傷病による欠勤中の賃金に関する正職員とアルバイト職員との待遇差はいずれも不合理ではないとの判断がなされました。

(3) 最高裁の判断のポイント

本最高裁判決においては、ⅰ)賞与制度、私傷病による欠勤中の賃金の支給の趣旨・目的を明確にしたうえで、その趣旨・目的を踏まえてアルバイト職員と比較対象となる正職員との間の、ⅱ)労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)、ⅲ)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、ⅳ)その他の事情に関する相違から判断されています。

以下、詳細に説明していきます。

① 賞与支給についての不合理性判断
ⅰ)趣旨・目的
本判決によれば、賞与には「算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むもの」と判断されました。また、正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力および責任の程度等に照らして、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたと判断されました。

ⅱ)職務の内容、ⅲ)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、ⅳ)その他の事情
本判決によれば、正職員とアルバイト職員との間で、ⅱ)職務の内容に関し、一定の相違があったこと、ⅲ)人事異動等を理由として当該職務の内容および配置の変更の範囲についても一定の相違があったことが認定されています。

また、ⅳ)については、教室事務員の業務の内容や大学が行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情や、アルバイト職員に対する契約職員および正職員への職種変更のための試験による登用制度が設けられていたことがⅳ)その他の事情として考慮するのが相当と判断されました。

最終的に正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮した結果、賞与に関する待遇の格差は不合理ではないと判断されました。

② 私傷病による欠勤中の賃金の支給についての不合理性判断
ⅰ)趣旨・目的
本判決によれば、私傷病による欠勤中の賃金の支給に関しては「正職員が長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるもの」と判断され、「同賃金は、このような職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度である」とされました。

ⅱ)職務の内容、ⅲ)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、ⅳ)その他の事情
本判決によれば、賞与同様に正職員とアルバイト職員との間で、ⅱ)職務の内容やⅲ)当該職務の内容および配置の変更の範囲について一定の相違があったことが認定されるとともに、ⅳ)その他の事情も考慮しています。

加えて、アルバイト職員の契約期間が1年以内とされ、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいいがたいこと、当該アルバイト職員に関し、有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらないことも判断材料としています。

以上を踏まえて、最終的に正職員とアルバイト職員との間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは不合理であると評価することができるものとはいえないと判断されました。

2. メトロコマース事件(最三判令和2年10月13日)

(1)事案・争点

当該事案は、東京メトロの駅構内の売店における販売業務に従事していた有期契約労働者(契約社員B)らが、同様の業務に従事している無期契約労働者(正社員)との間で退職金等に相違があることは労働契約法20条に違反すると主張して、会社に対し、不法行為等に基づき上記相違に係る退職金相当額等の損害賠償等を求めた事案です(下級審裁判例として、東京地判平成29年3月23日[労判1154号5頁]、東京高判平成31年2月20日[労判1198号5頁])。

最高裁では、主として退職金について不合理性の有無が問題となっています。この点に関して少し補足をしますと、退職金については、正社員については支給されていましたが、契約社員Bについては退職金の支給がなかったところ、原審においては退職金の不支給に関し、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理であると判断され、今回その点について最高裁の判断がなされました。

(2)最高裁の判断

原審の判断からは一転、退職金に関する正社員と契約社員Bとの待遇格差は不合理ではないとの判断がなされました。

(3)最高裁の判断のポイント

本最高裁判決において、退職金に関する労働条件の格差の不合理性を判断するに際しては、「他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条(注:労働契約法20条)所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである」と判示しています。すなわち、大阪医科大学事件同様、ⅰ)退職金の性質・目的を明確にしたうえで、その性質・目的を踏まえて、契約社員Bと比較対象となる正社員の間の、ⅱ)労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)、ⅲ)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、ⅳ)その他の事情に関する相違から、退職金の不合理性を判断する形を採用しています。

具体的には以下のような判断を行っています。

ⅰ)趣旨・目的
本判決によれば、退職金に関し、正社員の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものとし、その目的は正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的があると認定したうえで、さまざまな部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものと判断されました。

ⅱ)職務の内容、ⅲ)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、ⅳ)その他の事情
本判決によれば、正社員と契約社員Bとの間でⅱ)職務の内容に関し、一定の相違があったこと、ⅲ)配置転換等を理由として、当該職務の内容および配置の変更の範囲についても一定の相違があったことが認定されています。
また、ⅳ)については組織再編等に起因する事情や、契約社員Bから契約社員Aおよび正職員への職種変更のための試験による登用制度が設けられていたことがⅳ)その他の事情として考慮するのが相当と判断されました。

以上を踏まえて、最終的に正社員に対する退職金が有する複合的な性質や、これを支給する目的を踏まえて売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは不合理であるとまで評価することができないと判断されました。

(4)補足意見・反対意見

本最高裁判決では上記の判断に加え、補足意見や反対意見も裁判官よりなされました。まず、補足意見において「有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており、有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合には、両者の間に退職金の支給に係る労働条件の相違を設けることが不合理と認められるものに当たると判断されることはあり得る」として、退職金を有期契約労働者に対しても支給しなければ不合理となるケースも存在しうることが述べられています。一方で、「退職金制度を持続的に運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから、退職金制度の在り方は、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるもの」であるとして、退職金制度の構築に関し、これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は比較的大きいと判断されています。一方で、反対意見を述べた裁判官は原審と同様の結論となっています。

以上を踏まえますと今回のケースは、結論として退職金の支給が否定されているところですが、事案によっては退職金の支給に関して労働契約法20条違反とされる可能性は否定できないところです。

3. 実務上のポイント

両最高裁判決とも、結論としては原審の判断を覆し、それぞれ①賞与、②私傷病による欠勤中の賃金支給、③退職金ともに不合理性を認めませんでした。

前回の労働法UPDATEでも述べました通り、その判断は労働契約法20条や、それを承継した短時間労働者および有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に沿った判断がなされています。なお、今回問題となった待遇条件のうち、賞与については平成30年12月28日に出された「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(同一労働同一賃金のガイドライン)にも記載があり、そこでは賞与について、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給する場合、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には貢献に応じた部分につき、同一の賞与を支給しなければならないとされ、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならないとされています。一方で退職金については、特段指針で定めはありません。

今回の両最高裁判決のポイントの一つに挙げられるのは、有為人材の確保という目的が挙げられます。具体的には、大阪医科大学事件では「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」という目的が挙げられ、メトロコマース事件においても「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」が挙げられています。当然のことながら、労働契約法20条で規定されている判断要素の①職務の内容、②当該職務の内容および配置の変更の範囲、③その他の事情に関する相違が無期契約労働者と有期契約労働者の間にあったとしても、各待遇に関する性質・目的が、その相違と全く無関係の内容のものであった場合には、不合理性が認められます。その意味で、今回の賞与や退職金等についてはこの有為人材の確保の目的がその有効性を上げている一つのポイントになっているものと思われます。

今後、同一労働同一賃金の観点から人事制度を見直していく際には、当然、無期契約労働者と有期契約労働者との間の職務の内容等の相違も重要ですが、それと合わせて、各種待遇の性質、目的がどのようなものであるかを改めて整理することが重要になってくるものと思われます。


Authors

弁護士 大村 剛史(三浦法律事務所 パートナー
PROFILE:2007年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、牛島総合法律事務所(~2011年)、高井・岡芹法律事務所(2011~2019年8月)を経て、2019年9月から現職。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う(取扱案件数3500件以上)

弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う

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