LSD《リリーサイド・ディメンション》第46話「空のエルフ――エルシー・エルヴンシーズ」
*
――百合世界とは異なる世界から僕たちは彼女たちを見ていた。
ある理由から青い髪である僕は、なぜ彼女たちが帝と戦うのか、その理由を知っていた。
呪いである。
彼女たちは二十歳を超える前に呪いで死んでしまう――そう思っている。
それが世界の常識であると信じている。
大人になれない少女たちが帝を倒すこと、薔薇世界の侵略から解放されること……それが百合世界を救うための方法であると、彼女たちは信じている。
そのように教育されてきた彼女たちが、なぜそうなったのかを知ることはないのだろう――と、彼女は思っている。
誰かにつくられた物語の中で彼女たちは生きている。
なにも知らないまま、最期を迎える……そんなふうになれたらいいね。
でもね、彼女の思惑通りにはさせない。
赤い髪の彼は彼女を求めているから。
だから、この世界は、いずれ融合するのだ。
すべてがひとつに溶け合い、そこから始まるのだ。
五体目の帝は雷であり、光であり、天である。
だから、帝《みかど》の五体目は三体、存在する。
これは彼女の覚醒に必要なことなのだ。
「おい」
緑髪の彼が僕に声をかける。
「五体目の帝の戦いが終わったら、おれはあの世界へ行くぞ。おまえはそのための準備ができているか?」
「できているよ。キミはその衣をまとって、あの世界へ行ってくれ。キミの役目はわかっているな? あの世界と、この世界が融合するためには必要不可欠なことだ」
「わかっている」
緑髪は決意して。
「『マリナ』たちに会ってくる。そして、『マリナ』たちを救う。あいつの好きにはさせないさ」
「そうだね。僕たちは……」
僕の頭の中には、赤い髪の彼が浮かぶ。
「いいえ、『上』のためにも、この物語を終わらせる。そうしなければ世界は救われない。ここにいるみんなの願いは、それだ」
「ああ、だから、おれを、それっぽく見せるように整えてくれ」
「わかった。キミは童顔だから似合うと思うよ」
「いや、おれたちは中性的に誕生するように調整されているから、誰でも似合うものだろうが」
「それでもキミは『マリナ』に会いたいから、その役目を引き受けたわけだろう?」
「そうだな。しかし、おまえはあいつを独占したいのかと思っていたよ」
赤い髪の彼のことだ。
「うん。でも、彼の望むようにしてあげたいからさ」
どっちみち選択肢はない。
「僕は彼の望む世界をつくるよ」
「わかった。おれは『マリナ』との未来を望むから……五体目の帝の戦いが終わったらカプセルで転送してくれ」
「わかっているさ。完全にはじかれる前に調整してカプセルの転送をおこなうよ。安心してほしい」
「ああ、衣をまとう準備をするわ。おまえはあいつのためにできることをしてくれ。おれ、あいつに素直に対応できねえからさ」
「了解」
僕は緑髪が、あの世界へ行く準備を手伝うのだった――。
*
――五体目の帝は三体、存在するという目の前の事実にオレは、どうしようもなくなった。
地帝との戦いが終わったばかりなのに、どうして、こんなに早く次の戦いが始まろうとしているのか?
本当にやめてくれ。
オレたちは、こんなことを望んでいるわけじゃない。
ただ、平和な世界を生きたいだけなのだ。
本当にフィリスの言うとおり、五体目の帝は存在したわけだが、それが三体も存在するなんてことを予測できる者が百合世界に存在するだろうか?
いや、おそらくいない。
予測できるわけがない。
だから、この……雷帝と光帝と天帝 が同時に現れるなんてオレたちには思いつかなかったのだ――。
――今、オレはフィリスと通信端末で通話をしている。
「フィリスの言ったとおりになったな。でも、帝は、あっても五体までなんじゃ……」
映像の中でフィリスもうなずいていた。
『私も、そう思っていた。百合世界の神話において空玉の指輪は五光の指輪で特殊なモノだと認識している……はずだった。チハヤ、レーダーを見ろ』
「ランディアたちを見つけたレーダーをか?」
『そうだ。反応はあるか?』
「ない。まったく……反応が、ない」
『だろうな。ということは、五体目のエルフは存在しない、ということだ』
「あの三体の帝は、なぜ存在しているんだ? だって空想の眼には空玉の指輪の属性付加が倒す条件のひとつになっているのに」
『もしかしたら、もう倒すことができないのかもしれないな』
「そんな……じゃあ、どうすればいいんだよ」
『チハヤ、キミは……この世界を救う勇者なんだろ。神託の間の予言の勇者として、この世界に来た。だから、もしかしたら、チハヤが今回の戦いの鍵になるとは思わないか?』
「オレが、鍵?」
『キミとアリーシャとチルダは、エンプレシアのセントラルシティ付近で誕生した空の民だ。キミたち三人が、この戦いの鍵となる、と思う。なぜなら雷帝と光帝と天帝の属性は空だからな』
「つまり、アリーシャとチルダとオレが、この戦いを終わらせることができるとフィリスは読んでいるんだな」
『そうだな。もしかしたらチハヤ、キミの中に、なにかがあるのかもしれないぞ』
「オレの……中?」
『でも、もしものために私も空玉の指輪について調べておこうと思う。なにかわかるかもしれないからな』
「助かる。この通信は常時つないでおくから、このままにしておく。いいか」
『わかった。キミは空にいる帝《みかど》たちをセントラルシティに近づけないように努力してくれ』
「了解!!」
オレたちはセントラルシティに向かっている三体の帝より先に着くため、空の空想の箱で転移する――。
*
――オレの中に、なにかがいるとして、それはいったい、なんなんだろうな。
オレが勇者に選ばれた理由……それは闇をまとう光である……神託の間の予言によると、そう示されたはずだった。
だったら、もうオレが、やるしかないんだろうな。
オレの中に、なにかがある。
そうだとしても、どうしたらいいんだ。
もし、オレがリリアにつながりがあるのだとしたら、それはいったい、どうやって判別したらいいのだろうか?
教えてくれ、リリア。
オレは、いったい、どうやって世界を救えばいいんだ――。
――そう考えた直後、ある少女の声が聞こえ始める――。
――聞こえ……ますか?
――もしかして、リリア……なのか?
――いいえ、ワタシはエルシー・エルヴンシーズ。XX年のとき、空のエルフとして存在していた者です。
「空のエルフ!?」
『チハヤ、どうしたの?』
「フィリス、今、オレは空のエルフと精神で会話している。もう少し、待っていてくれ――」
『わかった』
――で、空のエルフであるエルシーは、どうしてオレの精神世界に?
――それはワタシが、あなたの中にいるからです。
――なぜ、オレの中に?
――あなたが転生したとき、ワタシも同時に転生したのです。あなたに付着した状態で。
――付着、だって?
――ええ。ワタシは、あなたに付着し、生まれ変わったのです。ユリミチ・チハヤ……いえ、チハヤ・ロード・リリーロードとしてね。
――ええと、つまりオレに付着したから、オレとエルシーは統合された、ということ。
――そういうことです。要は、あなたの心の中に空玉の指輪が存在するということです。
――と、いうことは……オレがオレに恋をして空玉の指輪を覚醒させなければいけない、ということか。
――そういうことです。
――エルシーがレーダーの反応に出なかった理由は、オレの中にいたからなのか。
――そう、ですね。
――だったら、やってやるさ。オレはオレに恋してみせる。オレはオレだって受け入れてやる。そうでなきゃ後宮王は名乗れねえ。
――ええ。そんなワタシは、あなたのことが好きですよ。だから条件は、すでに達成されています。
――わかった。あとはオレ自身が覚悟を決めてやる。
オレは、エンプレシア騎士学院に存在する全生徒に言う。
「みんな、空玉の指輪はオレの中にある。だから、この戦い、絶対に勝てるぞっ! あと少しで、この戦いは終わるっ!!」
決意を胸に抱いて、本当の意味での最後の戦いが始まる――。
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