LSD《リリーサイド・ディメンション》第48話「平和な日々」
*
――百合暦二〇XX年七月十三日をもって、百合世界は薔薇世界の呪いから解放され、大人になっても死ななくなった。
その呪いから解放されたためか、エンプレシアでは騎士学院が解体され、なにもしなくなった――もう、呪いから解放されたからだろう。
呪いから解放された百合世界の唯一の国であるエンプレシアの女王――マリアン・グレース・エンプレシアにより、やがて拒絶の壁と断罪の壁を取り除き、全領土の地形の把握に取り組んだ。
もう薔薇世界の呪いは存在しない――だから、オレとフィリスの技術により、百合世界の地形把握は簡単だった。
邪悪な魔物は存在しないし、むしろ害をなす生物は人間の手により決断を下すことができる――それもある意味、好都合だった。
オレたちは、いろんな種族が存在する人間であり、肉や魚や野菜を食らわなければ、生きていくことができない。
空想の箱で料理を作成することもできるが、やはり料理を作る喜びというのが、オレには必要だった。
生命の尊厳の中心が人間にある、とオレは結論づけられないが、それでも命をいただくという概念は人間にとっての祝福であるとオレは思うのだ。
だからオレは、すべての生命に感謝し、命をいただくことをしている。
……話が、それたな。
オレは、この平和になった世界で生きていくと決めた。
これからも平和な日々が続いていくことを願う。
きっと、もう誰も苦しまない……いつか、ここにいる人間は天寿を全うして、この世界からいなくなる。
けど、また、この世界に戻るのか、はたまた別の世界へ転生するのかはわからない。
でも、今は平和なんだ。
今、このときを楽しもう――。
*
――ルイーズ・イヤーズ・パレスアリーという神託者が存在していた事実をオレは知らなかった。
彼女は稲穂のような長髪で、誰が見ても美しいと言うであろう少女だった。
年はオレと同じ十七歳で、心器である稲穂の剣を使い、戦う騎士だったという。
彼女は七体の帝を倒すことに協力し、その帝たちを倒す戦力になっていた、という事実をオレは知らなかったのだ。
なぜ彼女が、ここに存在するのかも、オレには、よくわからなかった。
オレは忘れっぽい性格だから、きっと忘れていたのだろう。
そういうこと、に、しておこうか……。
この世界は夢のように溶けていく感じがする。
きっと、オレは前世で体験したことがない幸福を味わっているような……気持ち、なのかもしれないな――。
*
「――ダンスパーティをする?」
「ええ、わたくしたちがチハヤと踊るのですわ」
「でも、オレは踊ったことがないんだぜ」
「踊りなら、わたくしたちが教えます」
「ですですっ!!」
「そして、誰がチハヤお姉さまの一番になるのかを戦うのですよっ!!」
「は?」
オレの一番って、どういうことだ?
「要は後宮王が一番好きなのは誰か、それを決めるダンスパーティになるということだな」
「どうして?」
「どうして? って……それは、チハヤが一番わかっているのではないですか?」
「え? なんで?」
「本当は……チハヤは、ひとりを選びたいのですわよね?」
「ひとりを選ぶ?」
「筋を通したいのでしょう?」
筋を通す、というのは……オレがいた日本が一夫多妻制ではないから、という意味もあるのだろうか?
「あなたの過去は、もうエンプレシアにいる全員がわかっています。あなたはセンドウ・ユリという人物に恋をしていた。本当は、ひとりだけを選びたいと思っている……違いますか?」
「…………それは、オレが後宮王になりたくないと思っている……そう感じるんだな?」
「そんなふうに思っただけですわ。それだけではないですの。わたくしたちも『唯一』になりたい……そう思っているのです」
「そっか」
「ハーレムのほうが、よかったですか?」
「いや、オレが後宮王になりたいのは、悪しき者からキミたちのような存在を守りたいからだ。思い上がりな言い方かもしれないが、キミたちがオレに恋をしているように、オレも誰かを愛したい。たったひとりを選びたい、という欲求も当然、存在する」
「ならば、もう決まっていますよね」
「……そう、かもな」
オレは、この平和になった世界で、誰を選ぶのかは、もう――。
「――だから、オレとダンスをしてくれないか? オレのことを愛している、みんなっ!」
「絶対にあなたのことを愛している者はいるかもしれないですけど、そこまでうぬぼれるなんて……」
「えっ? そういう話じゃないの?」
「まあ、わたくしは、あなたのことを愛していますけどね」
照れるふうに言うマリアン。
「まだ貝合わせをしていませんのに……どうして、こちらはウェルカムなのに、まだ、なにもしてこないのですの?」
「それは、まあ、いろいろあるんだよ。いろいろとね――」
――出ないんだよな、あれ。
「まあ、そんなことをしなくても今の百合世界は平和だから、それをする必要はないと思うけど。五つの民は、今も生まれているわけだし」
「そう、ですけどね。ただ、わたくしは寂しいですわ」
「……ありがとな、マリアン。オレを慕ってくれて」
「どういたしまして、ですわっ!!」
「ふふっ、マリアン女王さま、照れてるですよ」
メロディがマリアンを見て、笑顔で微笑む。
「でも、わたしもチハヤお姉様とダンスしてみたいですよっ!!」
「あたし、ユーカリもっ!!」
「私もだ、後宮王!!」
ユーカリに続いて、アスターも言ってくれた。
「……っていうか、神託者たちとエルフたちは、チハヤお姉さまとダンスをしたいって思っていると思いますよ。私も含めてね」
いつの間にか、この場にいたルイーズ・イヤーズ・パレスアリーが、そう言った。
「マジで?」
「マジのマジです」
時々、彼女は「マジ」なんて言葉を使うが、こんなに馴染んでたっけ?
「まあ、ダンスをしたいのですけれど……チハヤお姉さま、私と手合わせをお願いしたいです」
「手合わせ?」
「エーテル・アリーナで模擬戦をしたいのです」
「この世界は平和になったのに、どうして?」
「確かに今は平和なのかもしれませんけど、いつなにかが起こるのかはわかりませんよね? だから手合わせをお願いしたいのです。この百合世界を救ったチハヤお姉さま?」
なんだか含みのある言い方だな……。
「どうしても、お願いしたいところです。よろしくお願いいたします」
「……わかったよ。オレもキミに興味があったから」
「では、お願いいたします」
こうしてダンスパーティの前にオレはルイーズ・イヤーズ・パレスアリーと模擬戦をおこなうことになったのであった――。
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