LSD《リリーサイド・ディメンション》第15話「風のエルフ――アリエル・テンペスト」
*
――ここはオレたちがゴブリンを倒した場所から少し進んだところである。
「イーストウッドに入って、だいぶ時間が経過したな。魔物もそれなりに倒したし、二回目の休憩でもするか」
オレたちは落ち着ける場所で一息つく。
「まずは簡単に現在の状況でもおさらいするか……」
オレたちはイーストウッドの中にあるエルフの里を探している。
そこに風《かぜ》のエルフが存在するはずなのだが、エルフのような亜人《あじん》がホイホイ簡単に見つかるものなのだろうか?
「この世界がゲームをなぞらえて作っているのだとしたらホイホイ見つかるだろうけどさ」
「ゲームって、なんですの? わたくし、わかりませんわ」
「この世界によく似た舞台の『シミュレーション』って言えばいいのかな……オレは、この世界によく似たゲームを小さい頃から遊びとしてよくやっていたんだ」
「わたくしたちの世界の遊び……よくわかりませんわ」
「……例に挙げるけど、この世界には『レベル』という概念が存在するだろ? 違和感なくこの世界に溶け込んでいるけど、オレが昔いた世界ではゲームとか漫画とかでしか『レベル』という概念は存在しないのさ」
「うーん、よくわかりませんわ。だって『レベル』は今まで努力してきた結果を表したものですもの。それが存在しないなんて、わたくしたちには理解できませんわ」
「オレだって自分がどうして、この世界に転生……降臨したのか、よくわからない。結局、人間なんてものはわからないものはわからない存在なんだよ」
「なんだか哲学っぽいと、わたしは感じますよ」
「その話も大切かもしれませんけど、あたしはごはんが食べたいです」
「わかった。少しお昼を過ぎた時間帯だし、ごはんにするか」
オレたちは、お昼ごはんを作る……のだが。
『空想の箱、開錠《かいじょう》!!』
オレ以外の三人は空想の箱から食べ物を取り出し。
「ケーキより価値の高いパンを食べますわ」
「わたしはアッツアツのグラタンを食べますよ」
「ステーキ、おいしそうです……」
「まてまてまて」
オレは彼女たちの食事を静止させた。
「なんで三人ともマイペースに別々の料理を食べるかな……同じ仲間だろ? 一緒なものを一緒に食べるのが仲間ってもんだろ……『料理』ってわかるよな? 材料を料理することはわかる?」
オレの忠告にユーカリが反応する。
「空想の箱に空想力《エーテルフォース》を込めれば簡単に料理したものができてしまいますです。あたしたちにはイメージさえできれば料理は必要ないのです」
今まで出てきたエンプレシアの料理は、すべて空想の箱で作られたものだったのか……それじゃあ、味気なさ過ぎるじゃないか。
「――オレが手本を見せてやるよ」
……ジャガイモをぶつ切りに、タマネギを厚めにスライスし、ニンジンを乱切りに……。
……鶏胸肉を一口大にぶつ切り、ニンニクを潰す……。
……オリーブオイルを鍋に入れ、ニンニクを弱火で炒める……。
……ニンニクの香りが出てきたら、タマネギを入れて……。
……タマネギがしんなりしてきたら、ニンジンを入れて……鶏胸肉も……色が変わるまで炒めていき……ジャガイモを入れる……。
……油が回ったら水を……材料が浸透するくらい入れて……十分、煮込む……。
……そのあとにカレー粉を大さじ二くらい入れて……塩を適量入れ、味を補強する……。
……実は同時に作っていた飯盒も炊け……。
「完成! ユリミチ・チハヤ特製男飯……チキンカレーライスだ」
「カレーライス? ……あのカレーライスですよ!!」
「チハヤお姉さまが作っていた過程を見ていたわけですけど、とってもおいしそうです……です」
「それはそうだろう……オレが料理を作るのは、めったにないんだからね!!」
「なるほど。これが主《ロード》の力で作られたチキンカレーライスというわけですか……参りましたわ」
「こんなオレでも作ろうと思えば、作れてしまうんだぜ……料理ができるって、こういうことなんだ。オレたちは命をいただいて生きている。そのことを忘れちゃいけない。当たり前を当たり前と思わないことだ。オレたちは奇跡でできているってことだぜ」
オレはオレの想いを彼女たちに伝える。
「つまり、自分が生きてきた中で当たり前だと思っていることが当たり前じゃない……奇跡の塊でできていて、それを忘れてしまうのはよくない、とオレは思うのさ。さあ、カレーを食べようぜ。カレーだけじゃない。ケーキより価値のあるパンもアッツアツだったグラタンもどこで加工されたかよくわからないステーキもみんなで食べよう。分け合うんだ、命を。だから一緒に――」
――オレたちは食事を終え、余ったカレールーとライスは収納型の空想の箱にしまった。
が、そんなに時間が経過していないにもかかわらず事件が発生した。
感高い女性の声が森中に響いた――。
「――きゃあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」
「――悲鳴!? 魔物が現れたのですわ?」
「ああ、おそらくな。そして、その悲鳴の主は――」
――エルフだ。
空想力《エーテルフォース》で知覚したからわかる。
それも特別な……風素《エア》を多量に感じる。
オレの推論が正しければ、あれは――。
「――マリアン、メロディ、ユーカリ、絶対に『彼女』を助けだすぞ。『彼女』が特別でなくてもだ。心器《しんき》を開錠《かいじょう》しろ」
*
風《かぜ》のエルフ。
通常のエルフは白い肌に金髪碧眼のイメージが……それにあの特徴的な耳も印象に残る。
だが、風《かぜ》のエルフは、そのイメージを上塗りする存在だ。
イメージを上書きするように髪と眼の色が風の要素を持つ緑である。
緑髪緑眼のエルフというわけだ。
緑のエルフというイメージは、とあるゲームで嫌な印象を持っているオレだが、「彼女」は違うと思いたい――。
――オレが思考を巡らせているときに魔物が現れた――。
「――これはホークマンですよ!?」
「五体の反応あり、です!!」
「鳥と人が組み合わさったような魔物ですわ!!」
「了解! ならば――」
――オレは百合《ゆり》の短剣《たんけん》を開錠《かいじょう》する――。
「――百合千雨《ゆりちさめ》! ホークマンの四肢を複数の短剣で拘束しろ!!」
「三人とも、五体のホークマンを……屠《ほふ》れ!!」
千本の短剣をすべて使うまでもなく、簡単に拘束してマリアンたちに倒させた――。
――五体のホークマンを完全に倒して……三分が経過した。
「……大丈夫か」
オレは気絶している「彼女」に声をかける。
それは、とても美しいエルフだった。
金髪碧眼のエルフのイメージを上回る、森のように涼しげな緑髪のエルフ。
体型もそれなりに……ボンキュッボンとまではいかなくても、ポンキュッポンって感じ。
よこしまな考えをしてしまうくらいにオレは美しいと思ってしまった。
まあ、初めて実物で見るエルフだもの。
「わたしは……なにを……確か……」
「語らなくていい。状況は理解している。キミはホークマンという魔物に襲われていたんだ」
「……ホークマン?」
「薔薇世界《ローズワールド》の魔物だ。オレたちはそいつらを倒した。安心してくれ」
「オレの名前は百合道《ゆりみち》千刃弥《ちはや》。百合《ゆり》の世界《せかい》を統《す》べる後宮王《ハーレムキング》だ」
「ハーレムキング……?」
「ああ、この世界を救う王だってこと。キミの名前は?」
「……アリエル・テンペスト」
「……アリエル・テンペスト……」
「そうです……それがわたしの天から授けられた名前……です」
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