LSD《リリーサイド・ディメンション》第16話「エルフの里――エルヴィンレッジ」
*
オレたちはアリエル・テンペストという緑髪のエルフから情報を聞き出すことにした。
オレは彼女にさっき作ったチキンカレーライスを手渡す。
彼女はお辞儀して「いただきます」と手を合わせてカレーを食している。
「わあ、おいしい……です! こんなにおいしい料理は初めて……です! なんだか野性味を感じさせます!!」
「そうか、ありがとな」
野性味……男らしいということだろうか?
アリエル・テンペストは、いつの間にか話を切り出していた。
「……わたしはエルフの里である『エルヴィンレッジ』の外から出ていたのです。わたしが、はぐれエルフだから……かもしれません。わたしは通常のエルフの方たちに比べて変わっていますから」
彼女は自身の髪を触る。もしかして髪の色のせい……?
「その緑髪が原因なのか?」
「はい。わたし以外のエルフは全員、金髪なので……」
「ただ、それだけの理由で、ですの?」
「いいえ、重要な理由です。わたしは生まれながら呪われているのです」
「同じエルフなのに、そんなこと思わないほうがいいですよ」
「解決策はないのです?」
アリエルはマリアンの言葉に悩み、彼女の瞳は涙が出そうになる直前の状態で、うるっとしている。
「わたしはエルフの中で能力に秀でていませんでしたから。魔法や魔術といった特殊なスキルを使うことができないからです。エルフの里は今、貧困状態なのです。天から授かりし命は二十を超えると、この世界から消滅してしまいます。本来、長命であるはずのエルフでも薔薇世界《ローズワールド》の『呪い』に対抗する手段を持ち合わせておりません。だから利用価値のないエルフは不平等に扱われます」
「そうか、寿命の呪いはエルフにも適用されるのか」
「わたくしたち人間だけではなくエルフにまで適用されていたなんて……」
「それは仕方のないことです。薔薇世界《ローズワールド》の魔物の侵略は日を重ねるごとに進んでいます」
「だから、わたくしたちの先祖は『断罪《だんざい》の壁《かべ》』の先にある『拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》』を築き上げたのですわ」
「なるほど。この百合世界《リリーワールド》を円状に覆う壁が四帝《してい》から守る最後の砦というわけか」
「『拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》』は、すべての魔物の呪詛を完全に守れませんよ。小さな下級の魔物たちは壁の隙間から通り抜けられるのですよ。だから四方の地域には下級の魔物が存在するのですよ」
「それで……アリエルはどうしたいんだ?」
「はい。贅沢な悩みかもしれませんが、わたしはわたしでいられる場所で生きていきたいです……」
「それじゃあ……エルフの里を案内してくれないか? このまま、どこかへ行く問題を解決しないままじゃつらいだろ?」
「わたくしも、そう思いますわ。すべてが解決するものでもないでしょうけど、なにもやらないよりはいいと思いますわ。それにわたくしにも解決したい問題があるのです」
「問題……それは?」
「風帝《ふうてい》ですよ」
メロディが説明する。
「風帝《ふうてい》は、わたしたちの住むセントラルシティの風《かぜ》の民《たみ》に悪い影響を及ぼしてしまったのですよ。その問題を解決するために、わたしたちは最東端に位置する『拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》』の調査をおこなおうとしているのですよ」
「あたしたちのやった罪は償えないかもしれませんです。あなたたちをセントラルシティから追放した、あたしの……先祖のように。だから、お願いなのです。あたしたちをエルフの里まで案内してくださいです! 嫌な思いをするかもしれません……それでも、あたしたちは、この世界を救いたいのです!!」
アリエルは固唾を呑んで。
「この命、救っていただけたのです。だから、案内いたしましょう。エルフの里――エルヴィンレッジへ」
ユーカリは感謝を言葉に込めた。
「なんとしても、この世界を救います……です! いきましょう、みんなで」
「ああ!」「ええ!」「はい!」
オレたち三人は声をそろえて、エルヴィンレッジへ向かう準備をした。
*
エルヴィンレッジ――それは百合世界《リリーワールド》……エンプレシアのセントラルシティとイーストウッドの間にあるエルフの集落である。
エルフたちの強力な結界の影響で百合暦《ゆりれき》二〇XX年の技術でも場所は把握できなかっただろう。
だからアリエルに会えたのは、正直ラッキーだった。
「断罪《だんざい》の壁《かべ》」を築き上げたセントラルシティに住んでいた先祖にも問題があるが、この問題、簡単には解決しなさそうだな――」
――翌朝。
オレたちはアリエルの案内により、エルヴィンレッジに到着した。
エルヴィンレッジの姿にオレたちは言葉を失う。
「まるで戦場の被害にでも遭ったような……ですよ」
「これがわたくしたちの罪……」
「そうだな……マリアン、キミはこの現実を受け入れられるのか? 二千年分の罪を、この目で見ているんだぞ」
戦場の被害は、おそらくエルフの気を感じられるゴブリンやホークマンのような魔物に襲われた、からであろう。
魔物を排除するために建設された壁はボロボロだ。
門をくぐると、なんとなく理解できてしまう事実を確認する。
エルヴィンレッジのエルフたちには階級制度が存在するのだろう。
オレたちが見ている光景は下級のエルフが上級のエルフに鞭を振るわれ、ムリヤリ労働させられている。
アリエルが里から追放されてホークマンとの戦闘でボロボロになったと思っていたが、それは違うだろう。
アリエルも、させられていたのだろう……労働を。
むしろ、記憶をなくして出て行ったのは仕方なかったのかもしれない。
里の外も戦場だが、中も戦場だ。
「……そうか、これがマリアンたちの先祖が築き上げた『断罪《だんざい》の壁《かべ》』の影響……大きい壁には小さい壁。城下町があれば外れた村がある。そういうことか」
オレはマリアンたちを見た。
心境はオレと同じ、ではないだろうな。
彼女たちは当事者だ。
エンプレシアという国がおこなったこと、その罪を背負わなければいけないのだから。
「アリエル……わたくしたちは…………」
「いいえ。女王さまのせいではありません。わたしたちエルフの問題です。確かに女王さまたちの先祖が『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を築き上げました。それを力の強いエルフたちが同じようにおこなったことなのです。ただ、それだけの話です」
アリエルはマリアンたちを見る……いや、彼女はオレも見ている。
「わたしたちは生きていかなければいけませんでした……それだけの話なのです。わたしたちにも、あなたたちにも、それぞれの歴史がある。同じ想いを抱くかもしれないし、違う想いを抱くかもしれない」
マリアンは顔を伏せてはいるが、答える。
「オレたちは、この世界をハッピーエンドに導くために、ここへ来たんだ。やってやるさ」
「…………ありがとう、ございます」
アリエルは感謝した。
「では、奥へ進みましょう。案内します。里の長であるウィンダ・トルネードさまのもとへ」
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