LSD《リリーサイド・ディメンション》第17話「里の長――ウィンダ・トルネード」

  *

「着きました。里の長、ウィンダ・トルネードさまの家です」

 やはり……エルフたちを統べるからだろうな、こんなに価値の高そうな家なのは。

「わたしは追放された身ですので、ここまでです。あとは……マリアンさま、お願いします」

 マリアンは家の鐘を鳴らす。

「ごめんください、ですわ。わたくしはマリアン・グレース・エンプレシアと申します。ウィンダさま、ウィンダ・トルネードさまはいらっしゃいませんか?」

 扉が開かれる。

 おそらく……ウィンダ・トルネード本人の呪術によるものだろう。

 オレたちは相槌を交わし、扉の奥へ入る。

「……ほう。はぐれエルフのアリエルではないか。今まで、どこへ行っていたのか心配しなかったが、なぜ……ここに?」

 心配しなかったのかよ、とツッコみたいが……オレの目の前にはキリッとした瞳の金髪碧眼のエルフがいた。

 少しアリエルに似た雰囲気を感じるが……いや、この世界の住人は突然誕生する。

 いわばNPCのように誕生するマリアンたちだから似るのは当然か。

 この世界がゲームなら、いわゆる「キャラデザ」は同じだろうからな。

「エルヴィンレッジに案内するためです。わたしのそばにいる人たちは客人です」

「そうか。客人ならば名乗る名があるだろう。名乗れ」

「わかりましたわ。わたくしの名はマリアン・グレース・エンプレシア。エンプレシアの女王ですわ。ただ、女王より『女帝《じょてい》』のほうがわかりやすいかもしれませんわね」

「ほう。『女帝《じょてい》』本人がわざわざここまで……なんの用だ」

「わたくしたちは世界を救うためにここまで来ました。風帝《ふうてい》の存在はご存じでしょう?」

「ああ、知っている。最近、風が騒がしいのは二千年の経過が原因だろうな」

「予言をご存じなのですよ?」

「その前に名乗れ。ここにいる全員」

「失礼しました。わたしはメロディ・セイント・ライトテンプル。マリアン女王さまの護衛騎士であります」

「あたしはユーカリ・ピース・オーバーヒルです。メロディと同じく女王さまの護衛騎士です」

「オレの名はユリミチ・チハヤだ。世界最強の間男であり勇者でもある。よろしく頼む」

「世界最強の間男……? なにを言っているのだ?」

「この世界を統べる後宮王《ハーレムキング》になる男、って言えばいいのか?」

「ますますわからん。百合世界《リリーワールド》の人間にしては闇の気を感じる……チハヤ、おぬしは魔物ではないのか?」

 マリアンが解説する。

「彼女……いや、彼こそが神託《しんたく》の間《ま》の予言の勇者、チハヤ・ロード・リリーロード。この世界を統べる新たな主《ロード》なのです」

「新たな主《ロード》? リリア……さま、に変わる存在だということか?」

 マリアンは単刀直入に言う。

「今が世界の危機であり、世界を救済する時でもありましょう。だからこそ、わたくしたちはここへ来たのですわ」

 ウィンダ・トルネードは、なにか想いを巡らせているようだ。

「……よろしい。ならば……あたくしたちは対立しなければなりませんわね」

「なぜっ!? なぜ、この世界の危機に、そんなことを言うのですわ!?」

「愚問だ。答えは簡単なこと」

 ウィンダ・トルネードはアリエルを見据え。

「そこにいる、はぐれエルフ……アリエル・テンペストこそが二千年前の風《かぜ》のエルフの生まれ変わりである、というわけがないからだ」

 疑問を投げたのはメロディだ。

「二千年前の五属性のエルフの一体が、アリエル・テンペストである、わけがないですって……どういう、ことなのですよ?」

「それは、そこにいる、はぐれエルフが使えないゴミクズだってこと」

 ゴミクズであると彼女は言い。

「魔法や魔術も使えず勉学もできない。だから下級のエルフなのだ。ゆえに予言など信じるものか。この世界のなどマガイモノに過ぎない。あたくしは信じることをやめたのだ。アリエルに期待すること、それは間違い……だから追い出したのだ」

「いや、可能性はある。彼女は力の使い方を知らないはずだ」

 オレは意見を話す。

「彼女からは予言通りの『髪の色だけ』が根拠ではない。オレには彼女の風素《エア》がホンモノであると、感じるんだ。だからオレは彼女のそばにいようと思う。オレは……アリエル・テンペストを助けたい。あんたたちが否定してもだ」

「ほう。リリア……さまに変わる主《ロード》かも疑わしいが、そういうふうにものを言うか。だが……あたくしたちは対立する。エンプレシアがおこなったこと、忘れるものか。なあ、『女帝《じょてい》』?」

「……そうかもしれませんわね」

 マリアンは宣言する。

「本当に申し訳ございません。ならば、わたくしたちはわたくしたちにできることをやっていきます。わたくしは、このエルフの里であるエルヴィンレッジの環境をよりよいものにしていきますわ」

「なにをするつもりだ?」

「階級制度をやめてくださいな。強いものが強者になる、弱いものが弱者になる……そんなの、よくありませんわ。わたくしは、このエルヴィンレッジを平等にするため、支援いたしますわ。むしろ、この環境で、よく生活できますわね。エルフたち亜人《あじん》の保護、セントラルシティにエルフの里を移しますわ。女帝《じょてい》の決めたことは絶対ですわ。里の長、ウィンダ・トルネード……あなたはわたくしに従ってもらいますわ」

「……ふふふ。ふははははは。そんなこと、あたくしが認めるわけないだろう。自分の先祖のやってきたことを理解しているのか? 『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を築き上げ、追い出したのは……貴様たちでは? この環境にしたのは、貴様のような歴代の女王、マリアン・エンプレシア『たち』だというのに……」

「この環境で、というのは生意気だったかもしれません。ですが、わたくしたちもあなたたちも大人になることなく消滅する身、無礼をお許しください」

「ははは。あたくしもそうだから理解はできる。だが、承認はしない。あたくしはこの階級制度をやめるつもりはないぞ。エルフはエルフたちの力でやっていく。貴様たちは必要ない。争いごとになる前に出て行け」

「……やむを得ません。あなた以外のエルフをセントラルシティに迎え入れますわ。それでいいですね?」

「なにを言っている? そんなこと、あたくしが許可するわけない……」

「いいえ、ウィンダ。あなたは勘違いしている。ここは、あなたの国ではないのですよ。ここは里、要するに村、国ではない!! イーストウッドはエンプレシア国の土地の一部です。ならば権限を有するわたくしに従ってもらうしかありませんわ。それができなければ……あなたを有罪にしますわ。下級のエルフたちを従わせての労働、これはエンプレシアの国法に違反します。確かにわたくしたちは『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を築き上げ、亜人《あじん》たちを追い出しましたわ。でも、それは過去の話。わたくしたちには百合暦《ゆりれき》二〇XXにせんダブルエックス年の技術がある。想形空間《イマジナリースペース》という技術で新たなエルヴィンレッジを作成しましょう。階級制度も撤廃、これで平等のもと、暮らせるというわけですわ」

「ふざけるな。今まで、こちらに来なかったことをいいことに……おまえの言っていることはメチャクチャだぞ。亜人《あじん》たちを追い出したのは、貴様たちだぞ。想形空間《イマジナリースペース》だと? そんなの貴様らが監視する空間ではないのか? 亜人《あじん》たちの人権、今までなかったんだぞ」

「それはオレが保証する」

 オレは決意を言う。

「オレは、この世界の部外者だ。そして、この世界の勇者でもある。この女帝《じょてい》さまが間違ったことをすればオレが正してやるよ。まあ、女帝《じょてい》であり女王でもあるマリアン・グレース・エンプレシアは違うぜ。彼女は自身の先祖たちが犯した罪を正そうとしている。だから、ここへ来たんだ。普通さあ、考えてみろよ? 女王であるマリアン・グレース・エンプレシアさま本人が『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を越えて、ここまで来てるんだぜ。彼女は本気だ。確かにマリアンたちには二千年分の罪がある。だが、彼女たちが犯した罪ではない。『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を越える……それは未知の世界への旅立ちだったってことだ。それも国を支える女王本人が、だぜ。ありえないだろ? 要するに、ここは従っておくべきだと思うぜ。ここにいるエルフたちの生活は保障されるんだ」

「あたくしにイエスと言えと? 今まで、なんのために、この人生を送ってきたと思っている?」

「ああ、罪は消えない。でも、悪い想いはさせない。そうだろ、みんな?」

「――いいわけないだろ!! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! そんなこと納得できるわけないだろ! ぽっと出の貴様たちに従えるわけがないだろ! 勝手に話を進めて、勝手に結論を出す、そんな部外者な貴様たちにっ!!」

 まあ、そうだろうな……ウィンダ・トルネードの心境は理解できる……独裁者であること以外は。

「あたくしは、あたくしの世界を守るために貴様たちと対立する! あたくしたちと戦う覚悟はできているだろうな?」

「そんなことをしても無駄、だと思いますよ?」

「エルフたちは、こんな生活を望んでいると、そんなふうにウィンダさまは、お思いなのです?」

「ああ、そう思っている。なぜなら、あたくしのエルフたちなのですから」

 ウィンダ・トルネードは自信満々に。

「もし、このまま帰らないのであれば交渉してみるか? あたくしのエルフたちに」

「どうして、そんなに自信満々に答えるのです?」

「ああ、あたくしのエルフたちと言っても、はぐれエルフは違う。結局、予言のエルフではなかったのですから」

 ――アリエルは自身を押し殺すようにウィンダ・トルネードの発言に痛感しているようだ――。

「――はぐれエルフは穀潰しだ」

 オレはウィンダ・トルネードに向かって「今ここで言うことか?」というような声を出す。

「ウィンダ……さん、なにを……」

「アリエルは穀潰しだ! なにもできない穀潰しで使えないクズだ!!」

 ……アリエルは、うつむく……つらそうだ。

「貴様らはエルヴィンレッジのエルフたちがどんな思いでアリエル・テンペストに期待を寄せていたか知らないだろう。あたくしたちの『神託《しんたく》の間《ま》』の情報は貴様らが追い出したせいでXX《ダブルエックス》年の情報しかない。あたくしが、どんな思いで……はぐれエルフであるアリエル・テンペストに接してきたのか? 予言に出てくる心器《しんき》――風玉の指輪エア・エメラルド・リングを形成できないのが、そもそもの原因だ。やはり、はぐれエルフであるアリエル・テンペストは……伝説の通りの存在ではなかったということだ」

「どういう意味だ?」

「その確信は本当に正しいのか、という意味だ」

 オレは自身に理解できる情報をウィンダ・トルネードに伝える。

「オレは予言の勇者だ。だからアリエルを見た瞬間、風《かぜ》のエルフだと直感した。本当は、なにか隠していることがあるんじゃないか? ……なあ、里の長であるウィンダ・トルネードさまよ?」

「……いや、なにも隠してはおらんよ。あたくしは、あたくしが知っているものを言ってのだが?」

 ――まあ、判断材料は……これから見つかるだろう――。

「――で、どうするんだよ?」

「どうするとは、どういう意味だ?」

「この会話、いつまで続けるつもりだ。ウィンダ・トルネード……あんたは有罪になるんだぜ? 独裁者ごっこが終わるんだぜ?」

「独裁者とは言いがかりだな。あたくしはエルフたちをまとめる主導者である。むしろ独裁者であるのは、そっちだろうに。勝手にやってきて勝手にルールを押しつける……そんな貴様らに従えるわけがない! これは、あたくしの……いえ、あたくしたちの結論である!!」

「仕方、ありませんわね」

 マリアンは女王として、「女帝《じょてい》」として、ウィンダ・トルネードに「取引」という名目で想いをぶつける。

「お互いの納得がいく立ち位置を探さなければなりませんわね。ならば、多数決をとるのはいかがでしょう? ここにいるエルフたちに、わたくしたちが質問するのです。その質問の回答で、わたくしたちとエルフたちの立ち位置を決めるのですわ。質問の回答によって、わたくしたちとエルフたちの今後を決めるのはどうでしょうか? これで恨みっこなしですわ! どんな答えが返ってきても……ね」

「ほう、つまり……こういうことか。マリアン女王さま自身が、このまま独裁的に物事を決めることはできない……だから、お互いの方向性を決める」

「納得させたいのです、わたくしたちは。エルフたちが皆、よりよい暮らしをしていただきたいと願っていますわ」

「ならば、さっそくエルフたちを集めましょう。決めましょう。あたくしたちの今後を」

 オレたちは外へ出て、エルフたちを集める。

 エルフたちの今後の人生を決めるために。

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