LSD《リリーサイド・ディメンション》第26話「初めてのヒロイン」
*
アスターのレベルが九十九になった。
これで「魔帝《まてい》」を倒す最後の条件がそろった。
だがオレたちは、いつの間にか動かなくなった「魔帝《まてい》」を倒すため、断罪《だんざい》の壁《かべ》の上で作戦を組み立てている。
倒すための作戦を組み立てなければ体色変化による属性変更に対処できないだろう。
最後の条件――それは魔物のHPが一になった場合、同属性でレベルが九十九のプレイヤーが攻撃しなければ倒すことができない、というような条件だったはず……。
「改めて……空想の眼、起動っ!!」
――うん、間違いない……やっぱり、これが勝利条件だ。
でも、この条件って……「風帝《ふうてい》」の場合は属性が適用されるんだよな?
だけど……「魔帝《まてい》」の場合って、どうなるんだ?
オレは空想力《エーテルフォース》を使って、神託者《オラクルネーマー》全員に語りかける。
(なあ、どう思う……みんな?)
(おそらく全属性が必要だと思われますよ)
(マジで!? どうすんだよ!? レベル九十九はオレとアスターしかいないんだぞ!!)
(チハヤ、あんたはこの世界を救うはずの勇者でしょうがっ! こんなところで不安にさせるようなことは言わないでちょうだいっ!!)
(そんなこと言ったって……考えても、わかんねえよっ!!)
(本当に、そうです?)
(ユーカリ……それは、どういう意味なんだ? なにか秘策があるのか!?)
オレは懇願する。
(頼むっ! なんでもいいっ! バカなオレに教えてくれっ!!)
(わかった、です! これは危険な賭けなのは、間違いありませんですっ! それでもいいです、かっ!!)
(ああ!!)
(ならば、言いますです! アスターお姉さま、マリアン女王さま、メロディ、あたし、そして……チハヤお姉さま。この五人で魂の結合をおこなう、ですっ! それがっ、最後の条件を満たす攻撃となるはずですっ!!)
(……そんな、ですよっ!?)
(――それがユーカリの考える作戦、ですの!?)
マリアンはオレを想い――。
(――そんなの、できるわけありませんわっ! わたくしたち四人がおこなったことでチハヤの状態がおかしくなったではありませんかっ!!)
(だから、賭けなのです。この一瞬の攻撃をするかしないかで、百合世界《リリーワールド》の運命が決まる、です! 一瞬の苦しみで勝利を手に入れるか、なにもしないで永遠の敗北を得るか……どっちを選びますか?)
アスターは提案をする。
(私には紫苑《しおん》の……「記憶」という花言葉《はなことば》がある。私との接続《コネクト》で魂の結合を真・魂の結合に変化することができます。つまり、その変化は同化の現象を抑えることができるでしょう)
(さすがですわっ、アスター!!)
マリアンは脳内通信で叫ぶ。
(これでデメリットはなくなりましたわっ!!)
(そうですよっ!!)
(です、ですっ!!)
オレはアスターだけに脳内通信をする。
(ええ、覚悟の上です。私はアスター・トゥルース・クロスリー……エンプレシア最強の騎士、ですよっ! ユーカリも言っていたでしょう。一瞬の苦しみか、一生の終わりか。だったら、私たちが選ぶ道はひとつしかないでしょう)
(……ありがとう――感謝する。いつか、この恩は生き残ったときに返そう)
さて、改めて……役者はそろっている。
オレを含む神託者《オラクルネーマー》五人。
風《かぜ》のエルフ――アリエル・テンペスト。
――そして……断罪《だんざい》の壁《かべ》の上まで登ってきた、ちょっと生意気な二人組の姿が現れる。そのあとに数十名の部隊がゾロゾロとやってくる。
「――おーい、チハヤーっ!!」
「天然百合ップル……な、ケイ・ホークナンと、隣にいる……ケイの恋人、ミチルド・ハイルートのコンビが援護しに来ましたよー!!」
「おお、百合百合しい天然コンビのおでましだあっ! 愛してるぜっ! オレのハーレムに加わらないか?」
『一生、ありえませーん!!』
まあ、いつも通りの反応だが……こういう感じ、いいよなあ――日常を感じるというか……。
『――……? どうしたの、チハヤ?』
「……いや、うれしくってさ! こんなふうに接してくれるの、おまえたちが初めて、だから……」
……オレは涙をこぼす。
「……こんな日常をなんとしても維持したいっていうか、一生、続けたいっていうか……わけ、わかんないよなっ!!」
『……わかるよっ! わたし(あたし)たちは……チハヤの友達だから。一生、続くからっ! 安心していいんだよ! だから……この戦い、勝とうねっ!!』
「ありがとうっ! オレたちは一生、友達でいようなっ!!」
『うんっ!!』
だからオレは友達を、この日常を……守らなきゃいけないんだっ!!
「ところで、ふたりには作戦があるのですわ?」
『うーん、その辺は大丈夫だよ。できることをやるよ。わたし(あたし)たちには「名誉生徒会長」がいるからね』
「ああ、あの人か。あの人の作るアイテムなら、あなたたちでも活躍できるかもしれませんわね」
……「名誉生徒会長」? 誰のことだ……?
……――ああ、そうだ、アリエルにも声かけなきゃな……。
「おーい、アリエルー!!」
「チハヤ、お姉さま……」
「調子は、どうよ?」
「うん……と、良いと悪いの中間くらいですかね?」
「それは、普通ってことか?」
「うーん、どうなんでしょう? わたしにとって普通という感覚は、曖昧でわかりにくいものですから……」
「そうなのか。オレもそうなんだ」
「チハヤお姉さまも?」
「オレは普通の人に比べて、いろいろ違ったから……オレは普通の人より傷の治りが早いし、髪は永遠に伸びたままだし、痛みを感じないし、男としての機能もねえ。オレはそんな自分を普通とは違う存在だと思っていた」
「そう、ですか? どうして、それが普通じゃないと?」
「んー……どうしてだろうねえ? オレみたいな人間が少なかった、から……かな?」
「それは普通ではないのですか? チハヤお姉さま、あなたはあなたを生きている。あなたは普通ではないのですか?」
「……それを言われちゃあ、ねえ……」
「わたしは普通ではないと、そう言われてきました。わたしは、チハヤお姉さまにとって、どんな……存在なのですか?」
その問いにオレは……――。
「――オレさ、なんだかアリエルのことを見ているだけで昔のことを思い出すんだよ」
本心を告げる。
「オレはさ、小さかったころ、よくいじめられていたんだ。だからかもしれねえけど、ほっとけないんだよ、アリエルのこと」
「わたしに共通点を見いだした、というわけですか?」
「そうなんだろうな。つまり、オレたちの普通って普通なんだと思うよ」
「わたしたちは普通ではないと、いろんな人から言われてきました。それでもわたしが普通であると……」
「ああ、それがオレたちの普通だ。曖昧なんだよ。普通って。言葉のくくりにするには曖昧な言葉なんだよ」
結論づけると。
「オレたちは『普通』であり『特別』でもある。つーか、言葉そのものも曖昧さ。文字に起こして伝えるのも大変なんだ。オレ、この世界のような空想を物語にして書くのも少し好きだったんだよ。誰にも見せてねえし、評価されなかったけど。『異世界転生』なんて夢のまた夢さ。オレの場合、実際に起きちまったわけだけど」
「……という、と? チハヤお姉さまは、わたしを……」
「ああ、好きだよ……アリエルのこと」
告白なのだ、これは。
「少し一途じゃないかもしれねえけど、好きな女の子がいたんだよ……アリエルと出会う前に。その子は……その人は……百合《ゆり》ちゃんはオレの幼馴染でオレを守ってくれていた存在だった。オレが、よく言っている後宮王《ハーレムキング》って言葉があるんだけど……あれさ、オレの姉ちゃんの『遺言』を守るためのもの、なんだ」
オレは彼女に「少し話は脱線するが」と付け加えるが。
「オレと千歳《ちとせ》姉ちゃんと百合《ゆり》ちゃんは三人で幼馴染やってきたわけでさ……千歳《ちとせ》姉ちゃんのつながりで百合《ゆり》ちゃんと幼馴染だったんだけど、オレが十歳のときだ……千歳《ちとせ》姉ちゃんが、ある男に襲われたんだ。幼女趣味っていうか『クズのロリコン』だったんだ。その男に監禁された影響で千歳《ちとせ》姉ちゃんの病気は悪化して……オレに告げたんだ。『チハヤ、あなたは誰かを傷つけるような存在になってはダメよ。欲に負けて傷つけるような存在になってはいけない。薄汚い大人どもから、すべての女性を守って救う王さまになりなさい』。それが彼女の最期の言葉だった」
想いがこもる。
「調べたんだよ。すべての女性を束ねる存在が、どういう言葉になるのか……それでピンときたのが後宮《ハーレム》という言葉だった」
「だから、後宮王《ハーレムキング》……なのですね」
「そういうことだ。千歳《ちとせ》姉ちゃんが亡くなったあと……『将来の夢は、なんですか?』と、担任の先生に告げられたとき、オレは迷わず言ったんだ。『オレの将来の夢は、すべての女性を守って救う後宮王《ハーレムキング》になることです!!』って」
ここから百合《ゆり》ちゃんの話だ。
「……そんな言葉に対して笑うやつがいた。だけど、オレの夢を笑わない彼女がいた。それが百合《ゆり》ちゃんだ。百合《ゆり》ちゃんが笑わなかったのは、オレたち双子の事情を知っていたからかもしれない。十歳で、あの世界から消えた百合道《ゆりみち》千歳《ちとせ》の幼馴染で親友だった彼女が、こんなにも姉のことを想ってくれていたのだと……オレは、うれしかった。うれしいっていう表現は、ちょっと違うのかもしれないけど、だからオレは彼女のことを好きになった。だけどさ……しょうがないよね。オレは一年前、彼女に告白した。だけど彼女はオレのことを振った。どんなに願いがこもっていても相手にとって、それが嫌なものだったら『嫌』なんだよ。だから、オレはアリエル・テンペストという、ひとりの女性に少し一途じゃない想いを告げるのさ」
アリエルにぶつけてしまえ、想いを。
「オレはアリエルに出会ったとき、思ったんだ。どこか百合《ゆり》ちゃんに似ているなって……ホント最低だよな。今から告白する人に、過去の人を重ねてしまうのだから。その緑がかった髪が百合《ゆり》ちゃんにそっくりだと思った。だけど、どこか自分に似ている境遇を持ったアリエルに感情移入してしまって……ほっとけないって思ったんだ。だからさ……オレが救う、初めてのヒロインになってよ。……やっぱり、この心器《しんき》――風玉の指輪は……アリエルが持っていたほうがいい。そうすればウィンダ・トルネードにかけられた『呪術』から解放されるかもしれない」
これは、この指輪は。
「心器《しんき》は想いの力の結晶だ。だから、やっぱり持ち主が持っていたほうがいいのかもしれない。想いの力をぶつけてしまえよ。それが風帝《ふうてい》、いや……魔帝《まてい》攻略の鍵になるかもしれないから」
取り込まれたウィンダ・トルネードの「呪術」から解放できるかもしれない。
「だから、みんなと一緒に戦おう! アリエル!!」
「はい! わたしはチハヤお姉さまの初めてのヒロインになります! だから、この薬指に指輪をはめてください!!」
オレは彼女の薬指に風玉の指輪をはめた。
彼女は顔が赤くなり、うつむかせた。
今は決戦をおこなう準備を整えよう。
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