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『漱石とその時代』から

どうしようかといろいろ考えていたのですが、やはり、旧版の表紙と裏表紙の文章がどう考えても非常に素晴らしいので、この場を借りてご紹介したいと思いました。

短めの文ながら、本の内容の本質的なところを捉えていますし、心に深く響くような、ぐっとくるものがあります。この本の魅力を伝えようと、わたしが千の言葉を尽くしても伝えきれないことを、この文章は的確にわかりやすく、そしてこころに響く言葉で伝えています。

また、いままでもっていなかった大きな視点を与えてくれました。それは明治という時代への視点です。

学校の授業では、明治時代はさらっと通りすぎるので、わたしはほとんど知識がありませんでした。わたしにとっての歴史の空白地帯のひとつです。

明治という時代が激動の時代であったこと、そして百年後のいまも、おそらくそれに匹敵するほど激しく揺れ動いている、大きな過渡期であること。

それを意識したときに、漱石先生の人生、作品、そして時代を理解することが、このいまという時代をわたし自身がどう生きていくのか考えるよすがになると思いました。

また、この旧版の表紙と裏表紙の文章をここでご紹介することで、この投稿を読んでくださる方に、伝えられる何かがあるかもしれない。そういうことを願って、ご紹介します。

それでは、前置きが長くなりましたが、第一部から、よろしくお願いいたします。

第一部❬表紙❭ 著者(江藤淳)

『漱石はいわば新時代の只中に捨てられた子であった。「幼稚のときより、能(よ)く学びて、賢きものとなり、必(かならず)無用の人と、なることなかれ」という「小学読本」巻一冒頭の一節はいつも彼の不安な存在を脅かしていた。私はこのような漱石の隠れた実像を掘りおこしながら、彼が出逢った明治という巨大な過渡期の姿をつとめて精細に喚起しようとした。第一部は慶応三年正月のその誕生から、明治三十三年夏の五高教授時代にいたる。』

第一部❬裏表紙❭ 中村光夫

『数年前、江藤氏が、この伝記のために、ロンドンに行って、漱石の下宿した跡を訪ねるときいて、その熱情に驚きながら、そこまで調べることが必要かに、幾分の疑問を抱きましたが、読んでみて成程と思いました。氏はここでロンドンに照らして東京を、西洋に照らして日本を、つまり作家と「その時代」を描きたかったので、そのために生きたロンドンが必要だったのです。
これは漱石伝として、かつて書かれたもっとも精細なものですが、同時に単なる一作家の伝記ではありません。筆者は漱石にたいすると等量の愛情をこめて、明治という時代と東京という都会を描き、彼によって、近代日本の精神の劇を語ろうとしています。この未聞の野望が、周到な調査と配慮、鋭い観察と表裏するこまやかな敬意によって実現されている点に、この書物の独自の魅力があります。
漱石は、江藤氏によって歴史の中から甦がえり、江藤氏は漱石によって現代に堪えて生きる魂の自覚をひきだしています。
この大著を支える歓びの歌に耳を傾ける者は、ほかで得られぬ何かを把むでしょう。』

『漱石とその時代』(第一部)
〈新潮選書〉
江藤淳
昭和45(1970)年8月20日発行
(新版 2006年5月30日40刷)

お読みいただき、ありがとうございました。
#新潮選書 #夏目漱石 #江藤淳 #中村光夫

⭐️この日記は2023年3月1日に書いたものです

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