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『漱石とその時代』第五部

第五部です。
「未完にして永遠の漱石評伝、最終巻。」です。

こちらは、旧版の表紙に江藤淳の言葉が載っていません。その空白に、寂しさが募ります。

そのかわりとして、新版の帯の言葉から引用します。

『出自のもたらす義理と血縁とにまつわり付かれたまま、人は死ぬまで生きていなければならない。明治の日本で高等教育を受けた人間にとっても、この事実に変りはなかった。選ばれて「遠い所」へ行き、そこから「誇りと満足」を隠し持って帰って来た人間にとっても、そうであった。』(本文より)

そして、裏表紙、大庭みな子(作家)の文章をご紹介します。

「懐かしい漱石とその時代」

『五十歳を過ぎるころから、漱石の小説を読むと、私はそのころもう亡くなっていた両親やその兄弟たち、叔父や叔母たちや年上の従兄弟たちの会話を思い浮かべるのだった。そして、『行人』のお直や一郎、次郎、『心』の先生やその妻が目の前に立ち上がったり座ったりするのだった。つまり私は漱石とその時代を生きた人々に囲まれて育ったわけだった。江藤さんと話をしていると、それと似通った感じを私は常に持って、逝ってしまった身近にいた人たちの姿や言葉を懐かしく思い出した。私は今この原稿を書く代わりに、江藤さんとおしゃべりしながら漱石の作中人物や私の身近にいた懐かしい人々の姿や言葉を思い浮かべられたらどんなに幸せだろうと思う。江藤さん、あなたからあの懐かしい漱石とその時代のお話を聞きたいのよ。第五部が出ることは、もしかしたらあなたが帰っていらしたのではないかと思えます。』

読んで、涙がこぼれました。
しばしの間、泣きました。

ここで、突然ですが(だいたいいつも突然ですみません💦)、
槇原敬之「The Average Man Keeps Walking.」という曲があります。
その歌詞を思い出しました。

信号待ちのウィンドウに映る、行き交う人たちを見ていて、恋人同士だったり、友だち同士だったり、あるいは一人だったり、みんなの顔が夕焼けに染まっています。

「とてもすてきな笑顔で
笑ってる人は僕の目を引く
どんな生き方をすれば僕も
同じように笑えるのだろう」

どんな「生き方」をすればわたしも、こんな風に心のこもった文章を、言葉を、書くことができるのだろう、と考えました。

そして歌詞はこう続きます。

「 人生が取り替えられないのは
それぞれに一番ふさわしい
人生を与えられてる
何よりの証拠だと思えるんだ」

長らく、自分ではない何者かになりたくてもがいて、わかったのは、自分の人生を受け止めて生きなければ、たぶんその「生き方」へはたどり着けない。

「自分の人生」というものを考えたとき、やはり人生のどこかで「出自のもたらす義理と血縁」を受け止めて、死ぬまで生きる覚悟をして、そういう覚悟をして初めて手が届く領域があるのかもしれない、そんなふうに思いました。

第一部から第五部まで、漱石先生と、江藤淳と、すぐれた文筆家たちとともに長い旅をしたような、そんな気持ちがしています。

これから本文を読んだら、全巻読破したら、いったいどうなってしまうのか。予想もできない期待と不安が胸にあふれています。それとともに、ようやく準備ができたなと感じています。

最後までおつきあいいただきまして、ほんとうにありがとうございました😊😊

#新潮選書 #夏目漱石 #江藤淳 #大庭みな子

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