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ダイレクトメール

ダイレクトメールとは、企業から個人(家族)や法人(職場)宛てに直接送られる、商品やキャンペーンに関する広告のことである。
それは営業や宣伝を目的としたダイレクトマーケティングの施策の一つといえる。


お客様に店舗評価アンケートをお願いして、そこからお名前、住所、誕生日(記念日)を取得…誕生日や結婚記念日などに合わせてダイレクトメールでコース料理のご案内を送り来店動機を促す。そんなお店をやっていた。

そのハガキは人気であり、利用されたお客様の満足度も常に高く安定した営業に寄与してくれていた。
もちろんそれだけでなく、誕生日を祝う姿は提供しているこちらの心まで温かくしてくれるし、結婚記念日で訪れるお客様からは「いつもよくして頂いて……」など、幸せのお裾分けに預かることも多々あった。良いこと尽くめである。

ただ、「もう離婚したのに何でハガキが送られてくるの(怒)」というお叱りを受けることも少なからずあった。まぁお客様の気持ちとしてはわからないでもない。見張っているわけではないのでお客様から申告がない限り店側では把握できないけれど、そんなときは「申し訳ございません」と、モヤモヤしながらも平に謝りその場を静めるしか方法はない。

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こんなこともあった――――

来店するたびに幸せそうな姿を見せてくれている老夫婦がいた。
お互いのメイン料理を分けあったりして美味しそうに…そんな仲睦まじい幸せの一コマをチラチラと横目で見る僕らも嬉しくてしかたない。

ある日、アルバイトの子が泣きながら僕のところにやってきた。
伝票には誕生日コースで二人分の注文が入っていたけれど、席にはおばあさんだけが座っていた。その二人掛けテーブルには、向かい合うように写真が飾ってあった。

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BARコーナーにひとりで来店する大学教授がいた。
教授だけあって博識でセンスも良く、ちょっとオタク気質ではあったけれどいろいろな話題を僕に提供してくれた。毎回話は長くなり、閉店時間を過ぎてからも教授の談義は終わらいことがしばしばあった。

店を閉めると教授は嬉しそうにフルボトルのワインを注文する。僕も一緒に飲めということだ。「このワインが飲みたいけれど、これ、ひとりじゃ飲みきれないだろ?どうか手伝って欲しい。開けたワインを残すなんてことはワインに失礼だからね」などと勿体ぶった言い訳をする。

教授は、地理や地質の研究論文を執筆していて、その分野に関しては興味深い話ばかりだった。雲仙普賢岳から阪神大震災……東日本震災時には福島の原発事故の被害がどれほどになるか政府に進言したという。
また同和問題にも精通していて、地名の歴史を読み解く流れから、この問題が持つ根の深さを延々と聞かされたりもした。

今年の初め、教授から「少しの間、この店に来れないかもしれない……無理がたたって、精密検査を受けることになった」と聞かされた。
「そうですか……お身体のどこか悪いんですか?」と訊くと、「大したことはないですよ」と笑いながら話してくれる。それでもしばらく来れないと言うからには思い当たることがあるのだろう。
教授は「一回くらい、このハガキを使わせてもらうよ」と誕生日のハガキを僕に手渡してくれた。ハガキには”ワインフルボトル一本プレゼント”と記載していたのだ。
僕は教授の身体を何となく心配しながらも、結局そのワインを分け合った。教授は嬉しそうに「乾杯!乾杯!」と、何度も僕と乾杯をした。

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その日から半年も経たずに僕の店は閉店した。
未曽有の感染症は容赦なくすべてを奪っていったのだ。
「閉店SALE」のようなハガキを出してもよかったけれど、あまりに急な事情で閉店が決まったので、それもままならなかった。
連絡先を知っている人たちにはメールやら、LINEやらで報告をすることができた。住所しかわからない方たちにはホームページ上で閉店の報告をしただけに留め、名前と顔が一致する人のみハガキをしたためた。

その数日後、わざわざハガキで返信をくださったお客様がいた。僕は目尻をこぶしで押さえ空を見上げた。店の閉店で、改めて愛されていた時間を想うことになるとは何とも皮肉なものである。

いま、教授はどうされているだろう。
教授には閉店を知らせるハガキを出していたが、すでに宛先不明で店に返送されていた。

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久しぶりに、教授が好きだったワインをひとりで飲んだ。
「ひとりじゃ飲みきれないよ……」と僕は呟いていた。





#また乾杯しよう

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