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Stones alive complex (Rhodochrosite)

「ひと口お飲みください。
これは麻酔薬のようなものですから、
御遠慮など、なさらずに」

「あ・・・そういうことなら・・・
遠慮なくいただきます・・・」

牙専門の歯科医、牙医はワイングラスを手に取り、ふっくらした鼻の先で軽く揺する。
こちらの覚悟が整うまでの猶予を与えようとしてくれてるのか、彼女はたっぷり時間をかけてそのワインの色彩を回転させていた。
その動作はとても手慣れていて、空気を吸うのと同じくらいに、血を吸うのと同じくらいに、自然そのものだった。

診察台の枕元にまで、
理性では制御不能な衝動が見事に飼い慣らされるその香りが、ぐいぐい漂ってくる。

秘かに鼻腔を動かして、嗅ぐ。

この芳香は知ってる。
高貴なるワイン、由緒正しきワインだ。
純血眷族の始祖、堕情王ニートラ・グダダグ・バッカソシャゲルル伯爵が5900年も学習机の引き出しで熟成させた至極のワインである。

牙医はこんな逸品を、いつも患者に飲ませているのだろうか?
通常の処置と受け取るべきか、それともこれから実行される施術が、理性を完全に麻痺させねば乗り越えられないほどのとんでもねー術式だからなのか?
おそらく後者だと判断して、受け取ったグラスをひと口で飲み干した。


ロードクロサイトは『バラ色の石』が語源。

ギリシャ語の『バラ』がロード、
『色』がクロ、
『石』がサイト。
血脈と術式の道筋は、永遠を生きる石棺へと保管されているのだ。


「手元を狂わせたくないので、 私は・・・」

そう遠慮がちにはにかみ、八割ほど残ってるワインのボトルを彼女は施術台に戻す・・・
と、思いきや!
勢いをつけて一気のラッパ飲みをした!

飲まないと狂う方面?!!
ていう、はにかみだったの?


空になったボトルを握力で粉砕したとたんに彼女の瞳が異形の者らしく座り、 禍々しいオーラで白衣が真紅に染まる。


別名『ロジンカ』と呼ばれるロードクロサイトは、
『薔薇色の人生』を象徴する石だ。
もっぱら赤い液体を飲みまくる生活オンリーな我ら種族でいう薔薇色の人生には、牙が欠かせない。

ひときわ伸びた牙を光らせながら、
彼女は術の呪文を詠唱し始めた。
野太く変わった声質が、部屋に反響する。


おしなべて
歯牙(げし)もたひらになりななむ
牙(が)の端(は)なくは
虫も入(い)らじを
(異星物語その八二より
牙有常(きばのありつね)が歌)

[訳]
すべて同じに、歯牙が平らになってほしいものだ。
牙のトンガリには、虫歯菌が入りやすいから。


それもこれも人間社会に溶け込みすぎて。
ヒトが血よりもチョコの味にハマってしまった、不摂生のせいなのだ。


牙医が、ゆるりと鋼鉄のカナヅチを構えた。
武道が芳醇に熟成された身構えだ。

そして、元ネタが分かろうが分かるまいがお構い無しで、大げさに技の名を叫ぶ!

「ロードクロサイト式血糖術!
おしなべて参る!」

唾液に残ってる発酵物の舌触りを、
ゴクリと飲み込む。

(おわり)

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