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Stones alive complex (Natural Aura Quartz)

岩石の細かい破片にまみれた作業服を着替え直し、『呪文字を造型し商いする男』は、バルコニーへ通じる観音開きの扉を開けた。

三階から見下ろす薄暗さが迫る建築現場の広場には、人間の影はなかった。

夕陽に逆光され、ただひとり・・・
というか、一体だけ、
『頭上の花壇を育てる王女』だけが、彼が岩盤から削り出したばかりの石材に、ぽつんと腰掛けている。

建築現場の周囲でまばらに営業していた露天商たちも、一日の商売を終え屋台を撤収したようだ。

仕事の締めに、ここから今日の出来栄えを確認するのが彼の日課だ。
進捗は遅くも早くもなく、予定通りに進行している。

広場のど真ん中に立つ、三本の大支柱が見える。
そのダークマター材質の姿は、まわりにある通常物質の建材のあいだで異様な印象を与えていた。だがそれも、ここ第三神殿の壁面が組み上がってゆくうちに視界から切り離され、風景に馴染んでくるのだろう。
柱の表面に浮かんでは消える異世界の象形文字を、じっくり鑑賞できるのは今のうちだけだ。
今のうちだけのご利益目当てで、ごった返す観光客がここを賑わせるのも、今のうちだけだ。

広場のまだ空き地になってるエリアのあちこちには、紅色の花が点在して生えていた。敷地のその向こうには、その花をじっと見つめている『迷いこむようにシツケられた小羊』の群れが、いつもどおり集まっていた。

やれやれ・・・
『呪文字を造型し商いする男』は、敷地の境界線あたりでうろつく小羊を睨み、ため息をつく。

大支柱が表示する象形文字を、『頭上の花園を育てる王女』は無言の無表情で見上げ、ずっと読み取っている。
それを翻訳したかに彼女の頭には次々と紅色の花が咲き、ふんわり浮かんでは広場のあちこちへ散り落ちていった。

その花の配置は、正確な幾何学模様の点や線となって、広場へ実物大の図面を描いてゆく。
夜明けまでに明日の分の図面を仕上げるのが、彼女の仕事だ。ゆえに『頭上の花園を育てる王女』は、いつも深夜勤務。

終わりつつある、第二神殿の時代。
三階のバルコニーからはかろうじて見える距離の敷地に、枯れゆく第二神殿の遠景があった。

ダークマターへ還元される過程で真っ青な八月の空のように、第二神殿を建てていた石材が青白く光り、ゆっくり溶けている。
ここ第三神殿の大支柱とは対照的に、むき出しになったあちらの大支柱は建材を吸収し尽くすと、やがて地面の底へ沈んでゆく。
あそこのものはすべて、何も無かったかのように消失するのだ。
あの時代の形となっていた人々の記憶や想いを結晶の内部へレコードした石材は、次の循環が訪れるまで地中へと保存される仕組みなのだ。

こちらに咲いている紅色の花は、整地された新鮮な地面を楽しむかに、花弁を初々しくピンと張っている。
その様子は、『呪文字を造型し商いする男』に、仕事を思い出させた。
グルッと見回す。
東側の角にある花が、いちばん発育が良さそうに感じた。明日からの段取りは、あそこから床材を張れということだな。
無表情で無言の指示を受ける。

『頭上の花園を育てる王女』が、弾かれたように立ち上がった。
半分ほど山に隠れた夕陽の方角へと、無表情に指を突き刺す。

彼もそっちへ眼を凝らした。
そこでは『迷い込むようにシツケられた小羊』が、敷地へ足を踏み入れ、こそっと甘い香りの花をついばもうとしていた。
闇へと迷い込むようにシツケされた概念体は、当然のごとく夜行性になってしまう。
くどくどきっちり脅しておかないと、懲りずに深夜徘徊しまくるやつらだ。

おっとっと!
降りて走ってっても間に合いそうにないな、これは・・・

高電離気体ライフルを棚から慌てて取りにゆきバルコニーへ戻ると、出力ボリュームをまずは「麻痺」に合わせた。

今日の夜は、早いなあ・・・

そして呼吸を止め、
『呪文字を造型し商いする男』は、暗視スコープの十字へ捉えた、そもそも危機感というものを教育されてないゆえに『迷い込むようにシツケられた小羊』を。

(おわり)

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