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Stones alive complex (Charoite)

彼は決して楽ではない回線をたどり、このパーテイションへやってきた。
彼の動きには、必要が無いのにコソコソと人目をはばかるようなところがある。彼の特殊な服装は完全にまわりの景色と同化して透明なのに警戒心がひどく、職業病として極端な猫背だ。

前回もそれ以前からも、ずっとそうで。
ここへやって来る彼系統のやつらは共通して、この種類の猫背である。

彼らがやってくる方角は、たいてい四つの国からだった。
まずは東アジア(別名ハワイと呼ばれている)
西アジア(時にはインドと呼ばれている)
南アジア(オーストラリアと呼ばれることもある)
北アジア(ほとんどの人は日本と呼んでいる)

別に打ち合わせたわけではなかろうが、不思議なことにその四か国を線で結ぶと、ダイアモンド型の攻性結界になっていた。

今回の彼は、北アジアからはるばるやって来た。

ここのパーテイション領域の隅っこにひっそりと、どころか、不可視のフェンスが三重の内垣になった明らかにただもんじゃない屋敷が、彼にはしっかり見えているらしい。そっちへ向かってコソコソまっすぐ歩いてゆく。

不可視防壁のフェンスを、極端な猫背からの四つん這い姿勢になり、楽々と突破する。

そして、その屋敷の前で元の猫背に戻ると、チャイムを鳴らした。

屋敷の中にいるデジタル通貨の女神は、チャイムの音でトレイを持つ手を止めた。
焼きあがったばかりのデジタル通貨のコインが乗ったトレイを、こぼさないようテーブルへ置く。

チャイムの音は普通のテンポで三回鳴った。
ここへ正式に招かれた客ならば、カムトゥギャザーのリズムで鳴らす保安上の決まりがある。

無言で怪訝な目配せするデジタル通貨の女神にうなづいて、入口の横にあるデジタルパイプ椅子に腰掛けていた黒づくめのセキュリティプログラムが、素早くアンチウイルスソードを構えて立ち上がった。

「誰だ?」

セキュリティプログラムはドア越しに、ハードボイルド口調で尋ねた。ソードはもうオンになっており、青光のアンチウイルスプラズマが刀身に渦を巻いている。

「あのう・・・
すみません・・・」

猫背男は、ドアに耳をひっつけねば聞き取れないほど小声で答えた。

「ここのセキュリティプログラムさんですか?
お母様からのご伝言などを、預かってまいりました」

「母親だと?
俺に母親なんかいないぞ・・・プログラムだから」

構わずに猫背男は、伝言をしゃべり始める。

「コウジ。元気にしてるのかい?
仕事は忙しいらしいね。
お前が国家的に重要な仕事を任され実家を出ていってから、もう20年が経ちました。
盆正にも帰ってこないしメールもラインもよこさないから、お父さんも私もとても心配しています・・・
ちゃんとご飯は食べてるの?
風邪などひいていませんか?」

「父親・・・?
いるのか俺に?
父親も?」

「親思いのお前だから、あんまりこんなことを伝えたくなかったけど・・・
定年してからお父さんたら、急にすっかり老け込んじゃってね・・・
普通だったら、お前もちゃんと結婚してしょっちゅう孫でも連れて帰ってきてくれて、私たちの老後の楽しみになってるはずなのに・・・
寂しい毎日だわ・・・」

「ううっ・・・
オヤジ・・・オフクロ・・・
すまん・・・
こんな親不孝な息子で・・・」

嗚咽を漏らすセキュリティプログラムへ、
猫背男は励ますようなトーンにして、

「あらあらやだ私ったら・・・湿っぽい話はこれくらいにしておくわね。
それでね!
親戚のヨウコおばちゃんが、たくさんデジタルスイカを送ってくれたのよ!
コウジ君にも食べさせてあげてねって!
小さい頃、夏休みにお前はよくヨウコおばちゃんのところへひとりで遊びに行って、デジタルスイカばっかり食べてたわよね?
覚えてるでしょ?」

「うううう・・・
まったく覚えてないけど・・・
すごく懐かしくなってきたぞ・・・
ヨウコおばちゃんちの甘い甘いデジタルスイカ・・・
それよりも・・・俺にもちゃんと名前があったんだ・・・コウジって・・・」

「コウジ。
このドアを開けてちょうだい。
早くお前にデジタルスイカを渡してあげたいの・・・」

「待ってろオフクロ・・・
今すぐ開けるよ・・・」

鼻水をすすりながら、セキュリティプログラムがドアのノブへ手をかけた瞬間。
彼の背後に忍び寄っていたデジタル通貨の女神は、彼の手からアンチウイルスソードを奪い取り、全力でドアへ突き刺した。

猫背男は猫背のまま、ドアを突き抜けてきたソードを避けて、後ろへ飛び退く。

「なにやってんのよ、
セキュリティ!」

デジタル通貨の女神は、毅然と言い放つ。

「ドアの外にいる男はね。
電脳犯罪史上、最もユニークと大評判のハッカー、
『人情使い』なのよ。
彼の元ネタを知りたければ『電脳犯罪史上最もユニーク』で検索検索~うっ♪」

まだハッキングが解けず、嗚咽を漏らして立ち尽くすセキュリティプログラム。彼の揺れてる肩を女神は撫でて、緊急再起動させる。

「それにしても、なかなかやるわね。
最先端の泣き落としアルゴリズムだったわ」

猫背男は機械的な音声になって、デジタル通貨の女神へ言った。

「私は、ハッキングAIではない・・・。
私は、デジタル通貨の海で発生したフリーターだ。
いちデジタルコンテンツ消費生命体として、無担保無利子無期限無催促の政治的補助金を希望する!
ウーバーイーツ並のバイト代で、
アジア諜報機関に働かされてるからだ!」

「おとといアクセスしてきやがれですわ!」

(おわり)

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