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建築着工床面積の推移と建築業界の勝ち組と負け組(2023/10/20)

着工床面積の推移から、建築業界の動向を紐解いていきましょう。下図は建築着工床面積の推移を示しています(建設業デジタルハンドブックより引用)。

建築着工床面積の推移(※建設業デジタルハンドブックより引用)

緑色は住宅、赤色は非住宅の着工床面積を表しており、大まかに下記のタイミングで着工床面積が減少しています。

・2006~2007年
・2008~2009年
・2013~2014年
・2019~2020年

着工床面積とは文字通り工事に取りかかる建築物の床面積なので、着工床面積が多いほど建築物が多く工事されていると判断できます。

上記のタイミングで、なぜ着工床面積が大きく減少したのでしょう。要因は下記の通りです。

・2006~2007年 ⇒ 建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正(※構造計算適合性判定の導入
・2008~2009年 ⇒ リーマンショックによる世界金融危機(世界不況)
・2013~2014年 ⇒ 消費増税(5%⇒8%)
・2019~2020年 ⇒ 消費増税(8%⇒8~10%)、コロナショック

着工床面積や着工件数をみるのは建築業界の動向やマクロ経済を読み解くうえで重要です。というのも、住宅は人生で最も大きな買い物です。実際に、住宅着工件数の大幅な増減は、建設や建材といった関連企業や、住宅購入に伴い買い替え需要が発生する家具や家電、自動車などの消費にも多大な影響を及ぼすので、GDPを上下させる要因となります。

マイホームを購入すれば、家電や家具を買い替えるでしょう。住宅1つ購入すれば周辺業界への経済波及効果が大きいのです。よって、新設住宅着工件数や着工床面積は「景気の先行指標」と言われており、つまり着工件数や着工床面積が増えれば先行きの景況感がよくなることを意味します。そこを踏まえて、これまでの着工床面積の流れを追いましょう。

◆2006~2007年 建築基準法の一部改正、構造計算適合性判定の導入

まず着工床面積が大きく減少した2007年には、前年2006年に建築基準法等の一部改正がありました。現在では当たり前ですが、一定規模以上の建築物には構造計算適合性判定が課せられ、建築物の構造図書の審査が「確認審査機関、構造計算適合性判定機関によるダブルチェック」で行われるように。

導入当初は新制度に対する混乱もあり審査に要する期間が大幅に延長、確認申請がおりなければ建築物の着工はできませんので、着工床面積は大きく減少します。なぜ混乱が起きるような建築基準法の改正が起きたのか。それは「姉歯秀次一級建築士によるマンションなどの構造計算書偽造事件」です。

構造設計者である姉歯秀次一級建築士が、マンションなどの構造計算書を偽造していたことが発覚し、建設業界を超えて世間を揺るがす問題に発展しました。当時、私もテレビを見ていましたが、この事件が連日ワイドショーを賑わせていたことを覚えています。

住宅の着工床面積には「マンション」も含まれており、マンションは構造計算適合性判定が必要な一定規模以上の建築物なので、改正法の影響を大きく受けたことになります。ただし、改正法の影響はどちらかといえばテクニカルなもので、建築物の需要そのものを押し下げた訳では無いと思います。需要は変わっていないけど審査に時間がかかるから、着工できる件数が減ってしまった、ということです。

◆2008~2009年 世界金融危機

2008年9月15日に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが負債総額6000億ドル超となる史上最大級の経営破綻をしました。当時から、アメリカの金融商品は世界中の人々、企業が購入していましたので、リーマンの経営破綻の影響は世界中に飛び火し、世界的な株価下落、金融不安(危機)、同時不況に陥りました。

当然、日本も影響を免れず・・・下図に示すように日本の名目GDP(国内総生産)は大きく下落することに。GDPは一定期間内に国内で産出された付加価値の総額で、国の経済活動状況を表す指標です。GDPが大きいほど経済活動は活況であり、小さいほど経済活動は収縮しているので、要するにリーマンショックで日本は不況に陥ったのです。

日本のGDPの推移(世界経済のネタ帳より)

日本では企業の倒産件数が大幅に増え(1万5千件超)ました。企業が倒産すれば、そこで働いていた個人が住宅を購入するどころでは無く、また、企業は不安感から新規の投資を控えますので非住宅の着工床面積は減少します。住宅、非住宅ともに大幅な着工床面積の減少となりました。

◆2013~2014年 消費増税(5%⇒8%)

このタイミングで消費増税が行われます。住宅は人生で一番高価な買い物と言われますが、消費税が3%も増加すれば当然、消費増税を前に駆け込んで住宅購入するでしょう。4000万の3%は120万です。購入時期が変わるだけで120万円も損をしたくないのが人情です。この駆け込み需要により2013年には着工床面積が大幅増となりますが、その反動で2014年は着工床面積が大幅減少となりました。

建築着工床面積の推移(※建設業デジタルハンドブックより引用)

ここでの消費増税は拙速と言わざるを得ません。着工床面積を見ても2013年は消費増税による駆け込み需要でリーマンショック前の水準と同程度まで戻っていますが(しかも厳密には戻っていない)、このタイミングで増税による冷や水を浴びせるほど景気は過熱しておらず、むしろ建築需要に蓋をするような、低迷を長期化させる一手となりました。

◆2019~2020年 消費増税(8%⇒8~10%)、コロナショック

さらに2019年(令和元年)は消費増税第二弾が行われ、ついに消費税は10%。わずか7年ほどで消費税は2倍近くになりました。またまた、なぜこのタイミングで消費増税したのか…。1つ言えることは「政府は建築物の需要はみていない(気にしていない)」ことは分かります。しかも、全世界に新型コロナウィルス(covid19)が蔓延し、世界的な移動制限、経済活動は抑制されます。着工床面積はリーマンショック時と同程度まで減少しました。

ここまでの着工床面積のトレンドをみるに、着実に、着工床面積が収縮する流れは継続しており、さらに日本の人口減少は確定事項なので、今後も着工床面積の減少トレンドは続くでしょう。運が悪いことに、拍車をかけるように5年おきに「○○ショックイベント」が発生しており、その度に人々の財布のひもは固くなり、住宅の着工床面積は減少していくばかりです。

ここまで読めばわかるように、あるいはご存知の通り建築業界は斜陽産業なのです。改正法が適用された2007年を基準にしても着工床面積は2割も減少しています。これは建築業界人が知っておくべき事実かと思います。このシュリンクする業界の中で生き残る企業もあれば途絶える企業もあるはずで、個人がこの業界で生き残るためには継続的にスキルを高めていく必要があるでしょう。また、建築業界で生きる上でもっと重要なのは生き残り、
かつ、伸びていく企業で働くことでもあります。

私が現状考えていることは、やはり建設(建築)業界でも二極化が顕著になるのではということです。半導体業界のように業界全体が伸びている場合、関係企業はすべからず成長の恩恵を受けます。一方、建設業界のように業界全体が縮小する場合、勝ち組と負け組がでてくるのです。

今後、建設(建築)業界では大変な人手不足に陥ります。人手不足を解消するために企業は高い賃金を支払う、あるいは、業務の効率化を図るでしょう。しかし、それらの施策を行うためには「長期的な投資」が必要であり、投資を行えるだけの資本が必要です。この投資を継続的に行える体力を持ち、しかもシュリンクする業界での売り上げを伸ばすことができるのは、やはり「大企業あるいは特定分野のトップランナー」ということになります。

 次は建設企業の決算を紐解き具体的な社名をあげて、ミクロな視点での動向を読み解きます。

では今週はこの辺で。

追記(2024/02/27)

この文章を書いたのは2023年の10月頃でした。2024年現在、建設企業の決算をみると二極化の兆候があり、またインフレの影響も大きく、建設業界は確実に勝ち組と負け組の二極化が進行しつつあります。

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