映画ノート② 60年安保闘争の政治的アナロジー映画『真田風雲録』
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映画ノート② 60年安保闘争の政治的アナロジー映画『真田風雲録』

加藤泰の代表作というと、中村錦之助と組んだ三作品「 瞼の母」「沓掛時次郎 遊侠一匹」「真田風雲録」、他には 「明治侠客伝 三代目襲名」「緋牡丹博徒シリーズ」「みな殺しの霊歌」 などでしょうか。

中でも、初めて観たとき「東映で、よくこんな映画作れたなあ。」と感心したのが、何ともシュールなSF時代劇「真田風雲録」(1963) 。       原作は福田善之の戯曲で、福田は脚本にも参加しています。

大阪冬の陣・夏の陣を60年安保闘争の政治的アナロジーとして描いており、真田幸村(千秋実)率いる真田十勇士の一党が当時の全学連主流派(共産同=ブント)、 豊臣家が全学連非主流派(日本共産党系)、徳川方が自民党岸政権という設定。

ブントにとって共産党は同じ左翼でありながら、自民党よりも憎い不倶戴天の敵だったというのが、この映画を理解する上での最低限の前提条件。   もともとブントは、共産党に強い不満を持ち、離れて行った者たちが結成した世界初の「独立左翼」。                        まあ、ブントは左翼と言っても「極左」ですが。

主人公は 真田十勇士の一員で超能力者の猿飛佐助(中村錦之助)ですから、 当然の事ながら、豊臣家の面々や戦い方に対する批判や当てこすり、揶揄、嘲笑、嫌みのオンパレード。                      60年安保闘争当時の共産党や全学連非主流派を全力でコケにするために作られたような映画ですからね。

作り手の意図や志は「そういうことがしたいのね。」と理解できるのですが、残念ながらそうした批判が物語の中にほぼ生煮えのままで投げ込まれ、政治的風刺にまで昇華しきれていないのが難点。            そのほとんどが普遍性を持てずに空回りして、カオス状態になっている印象が強いのです。

そのため、60年安保闘争時の各党・各派の関係やそれぞれの戦略・戦術、闘争経過等についての知識を相当程度持ち合わせていないと、台詞や行動描写等で次々に出てくる当てこすりや揶揄、嘲笑、嫌みの類が一体何を指しているのか意味不明で、何を言いたいのかさっぱり分からないと思われます。                                   作り手側は映画の中に言いたかったことや、やりたかったことを総てぶち込んでスッキリした事でしょう。

また、60年安保の余韻がまだ冷めやらぬ当時の「新左翼」界隈にも大受けだったろうと思われますが、政治的興味がない一般観客は見事に置いてけぼりをくらったはずで、映画としてはとても成功作とは言い難いのです。

作者たちの意図にも関わらず、今から観ると、 大阪夏の陣で、自分たちだけ突出した真田隊が(真田幸村本人曰く)「かっこ悪く」敗北していく姿が、その後の70年安保闘争までの経過を先取りして預言しているようで何とも皮肉です。

「新左翼」は、1967年の「第一次羽田闘争」、68年の「新宿騒乱」、69年の「東大安田講堂事件」等を経て、70年安保闘争まで街頭での派手な暴力闘争を繰り広げますが、こうした過激で跳ね上がった極左冒険主義的闘争方針は、急激に大衆の支持を失い、孤立を深めていくことになります。   

自らの行動が招いた公安警察や機動隊の弾圧によって封じ込められた政治的エネルギーは行き場を失って内に向かい、分裂や内ゲバを繰り返して自滅していく様が、独りよがりの行動に出て失敗した真田十勇士たちの敗北と重なって見えてしまうのです。

その行き着いたなれの果てが、忌まわしい「リンチ殺人事件」や「浅間山荘事件」を起こした連合赤軍であり、70年安保闘争の「敗北」を経て、当時、既に退潮傾向にあった日本の学生運動に最終的なとどめを刺すことになる訳です。                                                     

その後遺症は、学生の政治離れという形で未だに色濃く残っており、つい最近の菅総理による「日本学術会議任命拒否問題」でも、学問の自由の危機であるにも関わらず、任命を拒否された教授の所属大学の学生たちですら、抗議の声ひとつ上げていません。

歴史を遡れば、同じようなことは戦前にも起きていますが、現在とは随分様相を異にします。例えば1933年の京大「滝川事件」では、鳩山文相による滝川教授の休職処分に抗議して法学部教授会が辞表を提出。教授会の抗議を学生たちが支持して、法学部の学生全員も辞表を提出。東大をはじめ他の大学もこれに呼応、違反すれば死刑も可能だった「治安維持法」下でさえ、学生たちによる抗議運動が広範囲に巻き起こりました。

強圧的な日本学術会議任命拒否に対して危機感もなく、何の行動も起こさない今の学生たちを見ていると、情けないのを通り越して呆れかえるばかりで、一体どちらがが戦前の話なのか分からなくなるほどです。

話が少し横道にそれましたが、「真田風雲録」は時代劇とSF、シュールリアリズム、ミュージカル、ドタバタ喜劇、音楽ライブ、政治的アジテーションなどをごった煮にしたような作品で、名作というよりは「怪作」と呼んだほうがぴったりのぶっとんだ政治的カルト映画でした。

同様に60年安保闘争を扱った「日本の夜と霧」(1960)が3日間で上映中止になったように、「真田風雲録」も公開6日後には打ち切り になりました。     


   


                              


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ありがとうございます。とても励みになります。
中学生の時に読んで衝撃を受けた短編版『アルジャーノンに花束を』。後に長編化されましたが、今でも短編版の方がベストだと思っています。主に映画、ドラマ、マンガ、音楽、政治・社会、軍事などについて書いています。