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絵本のたのしみ、その3


”絵本=子どもの本”という固定概念は余りに勿体ないと思うようになったのには、素敵な絵本たちとの出逢いがあったからだ。


黒人差別に対するデモが各地で巻き起こったニュースは記憶に新しい。今も続いている。
公共の施設でさえ黒人お断りの時代もあった。バスに乗ったら黒人が座って良い座席が決まっていたし、病院に行ったら白人の診察が全て終わってからやっと黒人の順番だったり。


絵本のたのしみその4は、そんな中で夢を諦めず前向きに生きた人たちのお話。


ジェドおじさんはとこやさん

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人種隔離”という差別のせいで辛い目に遭いながらも自分のお店(とこや)を持つという夢を叶えたジェドおじさんのお話。


黒人の人たちは何十キロも離れた病院へ行かなければならなかったり、診察も後回しにされたり。黒人用の床屋が無く、おじさんは家々をまわって皆の髪を切っていた。代金も貰えたり貰えなかったり。苦労して貯めたお金も一度めは孫の手術代に、二度めは銀行の倒産で失います。それでも諦めず自分のお店を持つことができたのはおじさんが79歳の時でした。今まで家で髪を切ってもらっていた人たちが、沢山来てくれました。79歳といえば普通ならとっくに諦めている年齢だけど、夢を叶えるのに年齢は関係ない、諦めなければ叶えることが出来るとジェドおじさんが教えてくれました。


余談ですが、おじさんの絵がつのだひろさんにちょっと似ていて、とても微笑ましいのでした。


わたしのとくべつな場所

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いつも祖母と一緒に行っていた”あの場所”へ、今日初めて一人で出かけることになった少女、パトリシア。バスの黒人専用席、公園の白人専用ベンチ、黒人立ち入り禁止のホテルなどなど。道中で理不尽な扱いを受けながらも目指す”あの場所”。
そこは自由への入り口。それって何処だ?答が知りたくて読み進めていく。”あの場所”それは図書館だった。


『公立図書館:だれでも自由に入ることができます』


アメリカ・ナッシュビルの公立図書館は1950年代後半、人種を差別する”ジム・クロー法”の看板を外し、黒人であっても敬意をもって迎えられる場所となった、という実話がモチーフ。
パトリシアの祖母曰く、

「図書館は、ホテルや映画館やレストランや遊園地よりも、もっと刺激的で面白く、たくさんのことを教えてくれる」

祖母の言葉に出てくるいかにも楽しそうな場所は、黒人には行きたくても行けなかった場所だったのでしょう。それだけにパトリシアにとっての図書館は、どんな苦労をしてでも辿り着きたい、価値ある場所だったのです。
自由という言葉が黒人にとってどれだけ素晴らしい意味を持つのか、パトリシアの行動が全てを物語っていると思いました。



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