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恋するハシビロコウ


私が大好きな伊坂幸太郎さんの小説に、ハシビロコウという鳥が登場するものがある。『クジラアタマの王様』だ。この本は、イラストレーターさんとコラボしていて、小説の内容に沿ったイラストが各章ごとに挿入されている。そこに描かれるハシビロコウは、いかにも“ワル”そうな顔でじーーーっと見つめてくる。ハシビロコウは嘴がめちゃくちゃ大きくて、あまり動かない鳥だ。ちなみにこの『クジラアタマの王様』では特効薬のない新型インフルエンザが蔓延する世の中が描かれているのだが、それが今のコロナ禍を予言しているかのようだと、今また話題になっているらしい。


それはさておき、最近私はある動画をよく見ている。掛川花鳥園にいるハシビロコウのふたばちゃんの動画だ。何故かYouTubeがおすすめしてきて、見たらハマった。そもそも、ハシビロコウは何時間もじーっと動かない印象だったが、ふたばちゃんは結構動く。嘴が大きいせいか顔も大きく見えて、そのわりに足がめちゃくちゃ細くて長い。その足をゆっくり進めて歩く姿が、実に上品で優雅だ。ハシビロコウの瞼の動きは、人間と逆なことも初めて知った。人間は目を閉じる時には瞼は上から下へと閉じるが、ふたばちゃんは下から上へ閉じる。なかなか興味深い。そして何よりこのふたばちゃんは、飼育員のお兄さんに恋しているのだ。


そのお兄さん(イケメン)が担当の日はめちゃくちゃ動く。まず、お兄さんが登場するとクラッタリングという、上と下の嘴を合わせて鳴らす。このクラッタリングには、求愛や親愛、仲間への合図、時には威嚇の意味もあるらしいのだが、どう見てもふたばちゃんの場合は親愛の気持ちで鳴らしている。そして、お兄さんが待つ場所へと、ゆっくりゆっくり優雅に近づいて行く。お兄さんのそばまで行くと、今度はお辞儀だ。首を左右に振りながらのお辞儀、これもやはり、相手のことが大好きだというサインだ。ふたばちゃんとお兄さんは、何回も何回もお辞儀を交わす。
餌(おやつ)を貰う時も、歯が無いふたばちゃんはすぐに餌の魚を落としてしまう。するとじーっとお兄さんが拾ってくれるのを待っている。上手に食べられたら、お兄さんが頭をなでなでしてくれる。ふたばちゃんの頭の毛はふわふわしてて、風になびくと可愛らしい。嘴の先をちょんとつまんだり、嘴の真ん中あたりを指でツンとしてくれることもある。


お兄さんがゲージの中を掃除してくれるのを、離れた所からじっと見つめている。ふたばちゃんが寝床に帰りたくなくてグズグスしてても、「帰ろ」「あっち行こ」って声をかけてくれる。それに対してふたばちゃんは、首を横に振る。「いやだ」って言ってるみたいに見える。いや、多分言ってる。私はこの動画を見ながらドキドキしてしまう。要するに胸キュンなのだ。さっきから「お兄さんが○○してくれる」って言っちゃってる。もうふたばちゃん目線なのだ。


ふたばちゃんがお兄さんのことを好きな気持ちがめちゃくちゃ伝わるし、お兄さんもふたばちゃんに優しく接してくれる。ゆっくりなふたばちゃんをずーっと待ってくれる。それはまるで、優しく彼女を扱っているかのような。本当のことをいうと、ふたばちゃんはお兄さん以外の飼育員さんにもクラッタリングやお辞儀で親愛の情を示しているし、嘴をつまんだりするのもお兄さんに限ってのことではない。でもコメント欄や字幕を見ると、「好きな人の前では動くんですね」「見つめ合う2人だけの時間」なんて書いてある。見ている人は皆、恋するふたばちゃんを見たいのだ。

私は何を見せられてるんだ?とふと思うこともあるが、何故か見てしまうのだ。そしていくら好きでも鳥と人間という大きな壁があり、その関係は永久に昇華することはないわけで、そこは切ない。だけど、恋する気持ちは鳥だろうが人間だろうが、止められないのだ。ハシビロコウのふたばちゃん、嘴の裏側(後ろ側)にはハートの模様がある。



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