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牛丼愛

「ねえ、どうして最近しゃぶしゃぶばっかりなの?」
 と彼女は僕に尋ねた。
 僕たちは高級しゃぶしゃぶ店で、しゃぶしゃぶを食べている。
 僕は彼女と絶対に付き合いたいと思っている。いくらデートを重ねても、全然僕らの関係は進展しない。だからいくらでもお金をかける。そしてそのための企画を考えて、実行していたのだ。

「この間、牛丼を食べていたら、何だか急に思いついたんだ。生粋な娘をしゃぶしゃぶ漬けにしてやろうって」
 僕はちょっとインパクトのある言葉を使って攻めてみた。
「何なの、それ。でも牛丼漬けよりかはいいっか。私は安い女に扱われていないっていうわけよね」
 と彼女は満足そうに答えた。
「そうそう。君は僕にとって大切な人だから、牛丼屋なんかにはとても連れて行けないよ」
「でも、しゃぶしゃぶも飽きたわね」
「そっかあ、この企画は失敗だね。コンプライアンスを重視して、しゃぶしゃぶにしてみたんだけど。じゃあさ、今度はもっと別な高級料理にするよ。君にはいっぱい贅沢をさせてあげる」
「ありがとう。私のことを本当に大切に思ってくれているのね」
「もちろん。僕にとって君は、とっても大切なんだ。だから君のことは絶対に牛丼屋に連れて行かない。絶対に、絶対に、絶対に。牛丼は僕だけの楽しみなんだ。あの、はやい、やすい、うまい、の三拍子は僕だけの楽しみなんだ。あの最高の味は僕だけのものだ。君には絶対に食べさせない」
「何だかズルい」
「え、何が?」
「あなただけ牛丼って」
「でも君に牛丼は似合わないよ」
「やだやだやだ、牛丼が食べたい。絶対に牛丼が食べたい。牛丼じゃなきゃ嫌だ」
「わかったよ。今度牛丼を食べに行こう」

「生娘」も「しゃぶ漬け」も、インパクトのある言葉だけれど、コンプライアンス的には使っちゃいけないワードなのかもしれない。
 「生粋娘」と「しゃぶしゃぶ」を使って、コンプライアンスをクリアした企画を立てるべきなんだよ。
 なんて偉そうなこと言ってるけれど、僕は牛丼ファンを増やすのに必要なのは、牛丼に対する愛だと思うんだよね。牛丼に対する熱意と情熱。それがあれば高級料理しか食べない女性にだって牛丼を食べさせることができると思うんだ。
 愛がなくちゃ駄目だ。
 愛がなくちゃ駄目だ。

 愛は世界を救う。
 僕は牛丼が好きだ。

おわり。

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