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エンジェル

「あの、羽が出てますよ」
 と僕は前を歩く女性に声をかけた。

 彼女は背中の大きく空いたドレスを着ていて、その露出した背中から、小さな羽が出ていた。
 洋服の値札タグがついていたり、クリーニングのタグがついていたり、裏表が逆だったりするのであればあり得るのだが、背中から羽が生えているのは、あり得ないことだと思った。
 だけども実際に僕の目の前には羽があった。

 彼女は僕の言葉に気がついて、少しばかり慌てた様子で振り向いた。背中の羽はすっと姿を消した。
「あ、すいません。ちょっと油断をしてしまって。教えてくれて、どうもありがとうございました」
 と言った彼女は恥ずかしそうにしていた。

「もしかして、エンジェル?」
 と僕が尋ねてみると、彼女はさらに慌てた。
「あ、いえ、あの、その、私、翼の折れていない方のエンジェルです」
 と彼女は答えた。

 誰があなたを中村あゆみと間違えるねん!
 だいたい顔がぜんぜん違うし、声はハスキーじゃないし、翼が折れていないことなんて見ればわかるし、、。
 と僕は心の中で突っ込むのであった。

 しかしまあ彼女のドレスは大胆で、正面から見ても胸元が広くあいていて、谷間がくっきりと見える。
 僕は思わずその谷間に目がいってしまった。
 彼女は僕の視線に気づく。

「あ、今、エンゼル・パイだって思ったでしょう?」
 と彼女は言った。

 誰がエンジェルのおっぱいを見てエンゼル・パイだって思うねん!
 と僕はまた心の中で突っ込んでしまった。

 しかしながらよく見ると、その谷間には赤い何かがはみ出していた。

 あ、これはもしかしてハート・マークか?
 エンゼル・ハートだ。
 昔「エンゼル・ハート」っていう映画を見たことがある。ミッキー・ロークとロバート・デニーロが出ていて、ちょっと怖い話だった。かわいい彼女とは似合わない。

 彼女は僕の視線に、ハート・マークが露出していることに気がついた。

「あら、やだ。これじゃあ私があなたに一目惚れしちゃったっていうことがバレバレじゃない。ああこれじゃあバレバレダインデーじゃない」
 と言って頬を赤らめた。

 バレンタインデーに引っ掛けてバレバレダインデーと言ったのだ思うけど、今日はバレンタインデーじゃないし、ぜんぜんうまいことを言っていないと思う。
 チョコレートは好きだけどね、と僕思い、僕は思わず「好きだけどね」と言ってしまった。
 あああ、何を言っているんだ、僕は。

「バレンタインデー・キ〜ス♪」
 と彼女は歌い、僕の頬にキスをした。

 だから今日はバレンタインデーじゃないんだけど、、。

おわり。

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