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予告編で泣く男

「ねえ、今度映画観に行かない?」

 僕は総務課の瑛子に唐突に誘われた。
 瑛子とは今までほとんど話をしたことが無かったが、誘われた理由はなんとなくわかる。
 僕が「予告編で泣く男」だからだ。

 僕は映画の予告編を観て泣く。
 僕は映画が大好きで、よく一人で映画を観にゆく。そして予告編で泣くのだ。
 僕はたくさんの映画を観るし、小説を書いたりする。そのせいで、物語の一部分を観ただけで、物語の展開、登場人物の心情、結末、などが想像できてしまうのだ。もちろん実際の映画は僕の想像とは違うのかもしれない。だけども僕の頭の中では、僕にとって都合の良い物語が構築され、僕が望むような映像が現れ、僕にとって最も感動的な内容として作られるから、僕の気持ちは高まり、感動し、涙する。
 僕は興奮状態で、ハイスピードで、走馬灯のようなフラッシュバックが脳内で起こり、感情が爆発する。
 劇場が暗くなった途端に僕は映画の世界にのめり込む。僕は映像の世界と完全に融合する。
 予告編という映画の断片を見るだけで、僕の脳中では描かれていない世界が補完され、膨らみ、まるで1本の映画を観たのと同じくらいなボリュームになる。
 だから予告編を観るだけで僕は相当疲れる。
 次から次へと涙が溢れ、号泣する。

 こんな話を僕は会社の同僚にしたのだ。
 そうしたらその話はまたたく間に広まり、会社中に知れ渡ってしまったのだ。
 そして会社の中を歩くたび、仕事ではあまり関わらない人たちが僕の顔を見て、ニンマリとするのを経験するようになったのだ。
 人々はみな、「あ、予告編で泣く人だ」と心の中で呟き、僕に指をさすのだ。

 好奇心旺盛な瑛子は、その噂を確かめてやろうという意欲が満々なのだ。
 見せもんじゃ無いよ、と僕は思うのだが、特に気にしないことにした。
 僕はいつものように映画を観るだけだし、隣に誰が座っていようが関係ない。
 映画が始まれば、僕は映画の世界に没頭し、一人でいるのと何ら変わりがないのだから。


 僕らは映画館のロビーで待ちあわせた。
 瑛子は明るい色のかわいいワンピースを着て現れた。
 そして慢心の笑顔で僕を見る。
 かわいい、かわいすぎる。
 ああ、だめだ。目的が違う。
 瑛子の目的は「噂を確認すること」、僕の目的は「映画を観ること」だ。
 目的に集中しよう。

 僕らはポップコーンとジュースを買って座席に座った。
「ねえ、ワクワクするね」
 と瑛子は興奮気味に僕に言う。

 そりゃあ、わくわくするだろう。
 何しろ僕は「予告編で泣く男」なのだから。
 この男は本当に予告編で泣くのだろうか?
 もし噂が本当であれば、それを間近で見ることができるのだ。
 そんなに珍しいものを見れるだなんて、一生に一度あるかないかだ。

 僕は緊張した。
 瑛子の期待に答えなければいけない。
 もし予告編で泣けなかったらどうしよう?
 たまたま感動するような予告編をやらなかったらどうしよう?
 これじゃあ泣けないよ、みたいな映画の予告編ばかりだったらどうしよう?
 僕は緊張した。

 だけどもそんな心配はご無用だった。
 僕はいつもと同じように映画の世界にのめり込み、予告編を観て号泣した。
 その上、映画の本編でも何度も泣いた。
 ああ、僕は映画が好きだ。大好きだ。

 映画を観終わった後、僕らはレストランで食事をし、ショッピングモールでウィンドウショッピングをした。
 これはおまけだ。
 ご希望通りに「予告編で泣く男」を見れたのだから、こんなおまけはいらないだろうと思ったのだが、まあいいやと思う。
 どうせおまけだし。

 何のかんのいって、瑛子と丸一日を過ごした。
 何なんだろうこれは、と思いながら、帰宅することになった。


「ねえ、今日のデート楽しかったね。今度のデート、いつにする?」
 と瑛子は嬉しそうに僕に尋ねた。
 僕は目を丸くする。


 デートだったのか? これは。



おわり。

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