蜘蛛女のキス
「私ね、自分から友達になって、って言えないタイプなのよ。だからいつも待っているの」
と彼女は言った。
「わかるよ。僕もそうだから」
と僕は答えた。
彼女と僕は図書館で出合った。
僕は以前から図書館でたびたび彼女をみかけていた。そしていつもの子だなあと気になっていて、僕はいつも彼女を見ていた。
彼女はメガネをかけていて、とてもおとなしそうな文学少女に見えた。
僕はたびたび彼女と目が合った。それは僕が彼女のことをいつも見ていたからだ。
彼女の読む本が、僕は好きだった。
川上弘美、三浦しおん、江國香織、角田光代、小川洋子、青山七恵、狗飼恭子、小川糸、金原ひとみ、川上未映子、村田沙耶香、山崎ナオコーラ、綿矢りさ、村上春樹、、。
僕はいっぱい本を読んだ。
いっぱい本を読むことで、僕は彼女との時間をいっぱい共有しているような気分になった。
ある日、ふとしたきっかけで僕と彼女は会話をするようになった。
僕と彼女は図書館の近くの公園のベンチに座り、他愛もない会話をした。僕はそんな時間が好きだった。
「「蜘蛛女のキス」っていう映画を知ってる?」
彼女は僕にそう語りかけた。
「姉が映画好きで、薦められたの。一緒にDVDを観ない?」
「うん」
「うちで一緒に観ましょう」
「え、いいの?」
僕は少しばかり驚いた。彼女が自分の家に僕を招いてくれるなんて。
「姉と一緒に住んでいるの。姉も連れていらっしゃいよって言っているから」
そういうことか。それなら安全か。
何が?
僕は彼女の家に行った。
彼女は一軒家を借りていて、姉と一緒に住んでいた。
だけども僕は少しばかり緊張した。付き合ってもいないのに、いきなり姉妹に紹介されるなんて。
「こんにちは」
と僕は彼女の姉に挨拶をした。
彼女の姉は、きれいなお姉さんといった感じだった。彼女はどちらかといるとかわいい感じなので、ちょっとばかり印象が違っていて大人びて見えた。
「へえ」
と言って彼女の姉は僕のことをしげしげと見た。
そして「なるほどね」とつぶやいた。
なにがどうなるほどなのかはわからない。
「それじゃあごゆっくり」
と彼女の姉は言うと、席を立った。
「え?」
僕は驚いて彼女の姉を見た。
「だっておじゃまでしょう?」
彼女の姉はにっこりと笑って手を振って部屋を出て行った。
「あなたのことを話していたから、興味深々だったのよ。家に連れてこい、連れてこいってうるさいから、今日は来てもらったの」
「そうなんだ」
え? でもじゃあ、二人っきり?
大丈夫か?
何が?
僕と彼女は二人っきりで映画を観た。
ともかく目的は映画なのだ。映画鑑賞だ。
それは淡々とした芸術作品だった。
映画通が好むタイプの映画だった。
デートで観るような映画ではない。
いや、デートじゃないし。
映画を観終わると、僕らは緊張した。
彼女の家にふたりっきりだ。
ここは、彼女のテリトリーだ。
「蜘蛛の巣にかかった昆虫は、蜘蛛に食べられちゃうのよね」
彼女が唐突にそうつぶやいた。
蜘蛛の話だけれど、映画とは関係ない。
「そうだけど、そんなこと考えたことない」
僕はそう答えた。
考えてみると、何だか怖い。
蜘蛛は昆虫を捕まえるために巣をはっているのだ。
「食べられちゃうより、キスの方がいいわよね?」
と彼女は言った。
「え?」
彼女は目をつぶって僕の眼の前に唇を差し出した。
僕は吸い込まれるように自分の唇を彼女の唇に重ねた。
「蜘蛛女のキス」
と彼女はつぶやいた。
え、どういうこと?
おわり。