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コンプリケイテッド・ストーリー 1 中の人

1

 僕は、渡瀬猛という俳優だ。

 今まで必死に演技を学び、がんばって、がんばって、やってきた。そうしてやっと、あの国民的女優の広沢ねねと共演ができるようにまでなったのだ。
 緊張の中で、僕はリハーサルに挑む。
 ああ、広沢ねねだ。広沢ねねに会える。広沢ねねと共演できるのだ。
 僕の心は緊張と興奮でおどった。


 しばらくして「中の人入ります」というスタッフの声がした。
「中の人?」と僕は疑問に思う。
 そして僕を驚かせたのはそれだけではなかった。現れたのは、全身タイツを着た女だったのだ。
 女は僕の前に立つと、「よろしくおねがいします」と言った。
 広沢ねねは人気女優だからきっと、リハーサルは代役なのだろうなと理解する。でも僕はプロだ。代役だろうがリハーサルだろうが、全力投球なのだ。

 監督が「リハーサル始めます」と言った。
 僕は「スタート」の声で演技を始める。
 僕は手を抜かない。しっかりと演技をする。
「カット」の声がかかる。
「ブラボー、ブラボー」と監督が上機嫌に言う。
 どうだい、僕の演技は、と僕はドヤ顔をするのだ。

「じゃあこのまま本番行こうか」と監督が言った。
「え、ちょっと待ってくださいよ。まだ広沢さんが来てないじゃないですか」
 と僕が言うと、場の空気が凍った。
「何だ、話してなかったのか」と監督。助監督が慌てて僕のそばまで走ってきた。

「広沢さんは冬眠しているんです。だから中の人が代わりに演じて、後でCG処理するんですよ」
 と助監督は言った。
「冬眠?」
「はい」
「入院じゃなくて?」
「はい。冬眠です。正確に言うと冷凍睡眠です。彼女は病気にかかっていて、その治療薬が出来るまで10年かかると言われていたんです。だからその治療薬が出来るまで冷凍睡眠することにしたんです。だけど人気絶頂の彼女が突然いなくなるのは困るし、10年後にうまく復帰できるかどうかも分からない。だから冬眠している間は中の人が変わりに演じてCG処理することにしたんですよ」
「広沢ねねはいつから冬眠しているんだ?」
「5年前です」
「5年前? 僕が今まで見てきたのは広沢ねねじゃなくて、この娘だって言うの?」
「いえ、私じゃありません。私は2代目で、今回が初中の人なので」
 と女が言った。
「なんてこった。でもなんで5年間もバレないんだ?」
「あなたも契約書にサインしたでしょう?」
「契約書?」
「このことを喋ったら違約金が請求されませから」
「違約金って、いくら?」
「3億円です」

 マジか、これは3億円事件だ。


つづく

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