プロットって必要ですか<小説の書き方>
「どうしてもプロットが書けない!」という人にはエールを。
プロッターには喧嘩を売るタイトルで始まった本記事。
今回も頭真っ白、即興執筆しかできない「なんとかの一つ覚え」のコラム。はっじまっるよー!
プロットとは
言わずと知れた、物語の設計図ですね。
設計図がなければ建物が立たない。当たり前の話です。
でもじゃあ、書けない人はどうしたらいいの?
小説を書けないの?
小説を書いちゃいけないの?
そんな馬鹿な。
ここにプロットを書かずに18本の中長編完結させた人間がいるのでモーマンタイです。短編なら27本。立派なスコアだと思います。
プロットがあった方が良いこと
まず、先が見通せますよね。
どこで何が起こるか、俯瞰できます。
俯瞰してると「あ、ここはこうした方が良いな」って気付くこともできます。設計図は作れるならあった方が良いです。
プロットがない方が良いこと
FREEEEEEEEDOM!!
「じゆうだあああああああああああああああ!!」
おもわず快哉を上げてしまいました。
枠にとらわれず、個性的なキャラたちが自分の人生を謳歌します。
キャラが活き活きと言葉を紡ぎ動き出します。
意外な展開も起きやすいですね。
プロットがなければ物語を作れないのか
そんなわきゃないです。
淡々黙々と文字を書き連ねていけば、いつか物語は終わります。
47作中45作をプロット無しで作ってきた人間が言うんだから間違いないです。現時点で448万文字のうち440万文字がプロットないです。
一貫性の保ち方については、
「書ける奴は書ける。書けない奴はプロットがあっても破綻する」
という感じに落ち着きます。
銀の弾丸は有り得ない。
プロットだって万能ナイフじゃないってことです。
だが俺はプロット駆動型なんだが
そういう方は回れ右。
これは「プロットを書けない人」へのエールなので。
書ける人はプロット作りこんで面白い作品作ってください。
私から言えることは何もないです。
拙者、プロット作れない侍と申す
そんなあなたはがっちり握手。
プロットなくても生きていけます。
努力してもプロットが作れないからって、小説家を諦める理由にはならないです。
具体的にどうするか
たぶん、感覚型作家(パンツァー)な人だと思うので、私の創作論関係の記事を適当に読んでください。これとか。
小説の書き方さえ身体に沁み込ませてしまえば、あとは身体が勝手に文章を垂れ流します。2年間で440万文字くらい。
お前みたいな変態じゃないんだが?
変態ではない!
きっと知られてないだけで、私の類友は世の中にたくさんいるはずだ!
そう固く信じて北斗七星に願を掛けます。ロトくじあたんねーかなー。
まぁ、AIからすると私は
「ちょっと学習したパターンの外に居る人間なんで判断できねーっすわー」
とか言われる程度の変人です。
物語の形に添ってキャラクターを動かしてれば、自然と小説になるものですって。いやマジでマジで。
意外な展開とか奇抜な展開を見せたいんだが
あー、そういう邪道は王道で成功してからの方が良いです。
先人が何故そのパターンを採用しなかったか。
ほとんどの場合、つまらないからです。
「話にならない」から採用してない。なので前例がない。簡単ですね。
なので突飛な発想を物語の形にまとめられる腕前になってから挑んだ方がいいです。
賢人は歴史に学び~っていうでしょ?
先人の知恵は借りておくもんです。借りられるときは。
まとめ
と、言う訳で。
「小説家になろう」でぼちぼちの評価をもらいながら生きている、プロット作れない侍からのエールでした。
追伸:あくまでも「努力しても作れない人」向けのエールだぞ?!
「作りたくない人」は一昨日きやがれ!
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