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陸に溺れた人魚姫

Intro

 望んだ相手と、望んだように結ばれることなんてどれくらいあるのだろうか。
 望んだ自分に、望んだようになれることなんてどれくらいあるのだろうか。
 誰かの押し付けてくる価値観を強い意志で跳ね除けて、自分らしく生きることは本当に出来るのだろうか。
 よくわからない。
 小難しく考えることばっかり得意で、そのくせ大した結論が出ないからいつもいつも肝心なことが言えない。喉が詰まって、言いたい言葉が出てこない。喉が枯れてしまったかのように、声を失ってしまったかのように。ただ、ひゅーひゅーと掠れた音が出るばかりだ。
 少し前、言質や証拠を残したくて担当との喧嘩を隠し撮りしたことがある。相手の結婚しようという言葉を引き出し、よかったこれで一安心だとその日は録画を見なかった。後日、ウキウキで内容を確認したところ、そこにはぐしゃぐしゃの真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる、金魚みたいな私がいた。
 萎えた。
 本当に萎えた。
 即座に録画を消して、ビデオカメラも捨てた。
 あんなに醜い自分を、世界に残しておきたくない。周りに合わせよくわからないままに使っているぴえんとかじゃなくて、あの瞬間に心の底から何かが萎びるのがわかった。そして、そうやって枯れた心が表に表れるから、私は前よりも醜く老いていくのかと怖くなった。
 こんな私じゃ、捨てられてしまう。
 怖い、怖い、怖い。
 自分には何もないような気がしてしまう。中身が空っぽでその空洞が疼いて、痒くて、胸を掻きむしりたくなる。体に傷がつくと出勤に影響するから、必死に耐える。もっと訳がわからなくなる。価値のありかがわからなくなる。
「出勤、しないと……」
 働けばお金がもらえて、働けば会えて、会えたら価値を見出してもらえる。
 この暗い部屋から出る理由なんて、それだけで十分だ。

「刺していいんだよ」
 彼の長い指が自分の胸元を指す。覆い被さる私の髪が何本も何本も垂れて渦を巻く、その渦に飲み込ませるように彼の指が一点を指し示す。
 どうして、どうしてこの人はこんな状況でも言いたいことが言えるのだろうか。どうして私は、ここまで追い込まれてなお興奮した息を漏らすばかりなのだろうか。
 鈍く光るナイフは何も教えてくれない。その輝きをどこへどうすればいいのか、それを教えてくれるのはこの場では彼だけだ。
 だから、私は彼を。

稚魚

 お前は我が家の誇りだ。
 小さい頃は、そう語り掛けてくる家族の言葉を無条件に信じていて、何よりそれが嬉しかった。期待に応えれば相手が喜び、褒めてもらえる。だから頑張る。子供の小さな世界の中ではそれだけで全て完結していたし、力を振り絞る理由としては十分以上のものだった。すると、そうやって頑張った分だけ色々なものが身についていく。相応に裕福な家庭に育ったこともあり、様々な技能を習得した私を家族以外も優れた人間として扱ってくれた。何でも出来て、賢くて、かわいくて。自分で言うのもなんだが、昔の私は人気者だったに違いない。正直それは、気分が良かった。
 そんな私だったせいか、少し気が付くのが遅れてしまった。
 自分は何一つとして自分で決めていないことに。
 初めて自覚したのがいつか、きちんとは覚えていない。けれど、うっすらとした違和感はいつもそばにあったはずだ。私は見て見ぬふりをして、甘ったるい気持ちよさに溺れていた。今ではそう思う。
 私はバスケが好きで、たくさんの習い事をする中でも自主練を欠かさない一番のお気に入りだった。ただある日、ちょっとした不注意で突き指をしたことがきっかけで、入っていたクラブを辞めさせられてしまったのだ。
 その時の、私のためと言う母の表情が忘れられない。柔らかで、朗らかで、気持ち悪かった。母はピアノを習わせるのが好きだったから、その邪魔をしかねないバスケは邪魔だったのだろう。けれど、そのことは決して口にせず、ピアノのお稽古をしたいからバスケは辞めると、状況が呑み込めていない幼い私が口にするまで心配をし続けた。心配をして、世話を焼いて、愛して、甲斐甲斐しく尽くして、自分の言葉を私に刷り込んで、私がそれを自分の意見として口にした時、あの笑顔はそこにあった。
 そうやってバスケを辞めた後、何か運動はしなさいと始めさせられたのが水泳だ。バスケに未練はあるものの、運動が好きな私は水泳も肌に合った。何より、過密化していくスケジュールの中で、心の全てを洗い流せるようなあの時間はかなり大きな意味を持っていたに違いない。
 けれど、辞めてしまった。
 あれは小学校五年生の時、それまでも他の子と比べると成長のはやかった私だが、所謂第二次性徴が来るのもそうだった。体つきはどんどん大人び、急激な変化に戸惑って心が大きく揺れ動く。
 そんな私の体を、父は嫌った。
 というより、私の体を誰かに見せることを父が厭った。
 体のラインが出る服は禁止され、当然水泳などもってのほかと許されない。学校の水泳も見学にされ、ついでにこれ幸いと乗っかってきた母によって球技の授業も見学になった。私のピアノは別にプロ級のそれでもなんでもないのにである。学校では悪目立ちをするも、その地域において相応の権力を持っていた父の意見が通らないはずもなく、私はどの大人にも味方してもらえないまま生活に大きな制限を受けた。
 それも、あくまでも私自らがそれを望んでいるという体で。
 私の周りは何処かおかしい。ここまで来れば嫌でもわかる。どれだけ自分の意思として刷り込まれていても、どれだけ丁寧に思考や思想をコントロールされていても、違和感を覚えてしまう。
 私の周りは、私に何かを押し付けてくる。
 けれどそれは大人たちだけの話で、私と遊んでくれる友達は違った。習い事ばかりで放課後時間を作れない私を、友人として受け入れて仲間外れにせず一緒に遊んでくれる。大好きだった。ある程度時が経った今だからこそ思うが、あそこまで裏表のない人間関係を築けたのは後にも先にもあの時だけだろう。それくらい、あの子達と過ごす時間は澄んでいた。
 それも奪われた。
 ある意味当然だったのかもしれない。
 当時私が見聞きする大衆的な娯楽のほとんどは学校の友人経由だったし、その中には両親が快く思わないものも紛れていた。そういった禁則事項をこっそりと楽しむことは、まるで密売品を味わうように刹那的な快感をもたらす。脳が痺れる。そして、へまをする。
 友達からこっそりと借りていた雑誌の中に、異性との恋愛を強く意識させるような文言があり、それを見た両親は激怒した。
 あれはたしか六年生の十月のことで、私はそれ以降小学校に通っていない。いじめを受けて心に傷を負ってしまった。中学受験の勉強もあり、そんな大事な時期に無理をして学校に行かせられない。そういうことになっていたらしい。
 こうして私は、地元の友達との縁を強制的に切ったまま、都内の私立一貫校へと進学した。

 この時は、もしかしたら私はまだ引き返すことが出来たのかもしれない。言いたいことを言って、なんとか両親との関係を作り直す道は残されていた可能性もある。けれど出来なかった。
 当時の私は、母から柔和に、父から高圧的に刷り込まれる価値観を自分のものだと疑っていなかったし、まだ両親のことを愛そうとしていた。この人達はこんなにも必死に自分のことを愛してくれているんだから、娘である自分がそれに応えられないのは人間としてよくないことだと本気で思っていた。だから、どれだけ自分のやりたいことを禁止されても勉強は辞めなかったし、友達ともう二度と会えないとわかっていながらも手を抜かずに受験へ臨んだ。
 あの時、わざと低い点を取ってみようと思わなかった訳ではない。けれど、そう考えて鉛筆を置こうとしたその瞬間、凄まじい勢いで吐き気が襲ってきた。頭がぐらぐらし、胃がきりきりとねじ切れるような痛みを発しだす。
 不安だった。ここで両親の期待に応えられないことが。
 もう私には何も残っていないのに。
 何かに追い立てられるように必死に問題へ向かい、無心で解く。ずっと、ずっと、ずっと、吐き気がおさまっていたことにも気がつかないくらい集中して、目の前の課題をこなす。
 全ての科目が終わりお手洗いへ向かった際私が目にしたのは、あの時の母と全く同じ笑顔を浮かべる自分の姿だった。

生簀

 それから、中高と過ごす中で自分の環境が改善されることはなかった。思春期を迎え徐々に芽生えだす自我と、周囲の期待する人物像との乖離。その深い溝に目を瞑り、必死に自分を律して前へ進む。
 この時期になると、ある意味で私は自分から両親の教えを守るようになっていたのかもしれない。まともな人間にならなくてはいけない気がしていたし、それ以外に自分の価値を証明する方法はないと思っていた。入学した学校が、両親の標榜するそれに近い目標を掲げていたのも大きいだろう。そこでは生徒も先生も、ある一定の基準を満たすものだけが揃えられていた。定期的に行われる選別において、その基準に満たないものは矯正され、それでも無理なら処分される。
 まるで養殖の生簀だ。
 ただ、食べ物であれば、消費者のもとへと美味しく届けられるというゴールがある。なら、当時の私はなんのために生きていたのだろう。私という魚が辿り着くべき場所は、誰が定めたどのような場所だったのだろうか。それはよくわからない。両親は、漠然とした理想像の提示はしてくれていたものの、これをしてはいけない、あれをやったらダメだという否定的な対処療法ばかりだった。より具体的に、何を為してほしいとか、何を叶えてほしいとかそういう根っこになるような話はなかったように思う。
 私は徐々に無感動な人間になっていった。
 夢や目標もないまま手あたり次第に頑張り続け、親が嫌がりそうなことは事前に回避する。そんな生活の中でも、はじめのうちはちょっとした衝動や情動くらいは生まれていた。けれど、それらに身を任せ行動すると、大概大きな失敗が待っている。父や母は怒り、私を叱責し、きっかけとなった言動を失敗ということにして私へ刷り込み、物品の破壊や関係性の断絶で罰し、私自身の言葉で謝罪と誓いを述べさせる。これはダメなことなんだ、自分はダメな人間なんだという主観が形成され、私の奥深くへ強く根を下ろす。
 欲求を持つのはいけないこと。
 その頃から、私は自身の要望を口にするのが極端に難しくなっていた。言おうとすると喉に鍵がかかったようになり、体が硬直して思うように動けない。明らかにまともな状態ではないが、それを伝えること自体が両親への背信行為のような気がして相談は出来なかった。そもそも、そんな時間を取ることが難しい。
 往復数時間かかる遠方への通学、その合間にある様々な稽古と家庭教師による授業。日々募る激務とは裏腹にぼんやりと希薄になっていく現実感と感情。
 何をしているのかがよくわからなった。
 常時、酸欠になったかのように意識が遠く、目には見えない膜の中で生きている不自由さだけがある。相応に恵まれた生活をしているはずなのに、真綿で首を絞められるようなじわじわとした不快感は絶えなかった。
 ここは狭い。
 ここは苦しい。
 けれど、その狭さも苦しさもそれが当たり前だと思っているうちは気がつけないものだ。当たり前のようにそこにある、常識と化した非常識に誰が文句を付けられようか。
 両親の束縛は私にとって空気のようなものだった。絶対にそこにあり、逃れられず、それなしでは生きられない。あるいは、魚にとっての水のようなものか。母の柔らかくも重苦しい笑顔や、父の粘つくような視線を思い出せばそちらの方が近いかもしれない。
 水が、溢れる。
 私は水底へと沈められ、この身で一心に周囲の愛を受け取る。その重さは水圧となり、水深が増せば増すほど逃れられない私を締め付ける。
 けれど、この場所でしか生きられない私は、ここを出たらどうすることもできない。この水の中でしか生きられない。それしかないなら、そうするしかない。
 そう思い、必死に。
 何が自分の意思で、何を我慢していて、そういった自我の境界らしきもの全てを水に溶かしてふやかして、わざと曖昧なまま生きていて。
 頑張って頑張って頑張って。
 その先に、あの日が待っていた。

 その日のことは、正直よく覚えていない。絶対に忘れられない日のはずなのに、それまで以上にぼんやりともやがかかったようになっている。
 大学受験もさしたる感動がないまま終わり、後はただ無感動に卒業して、環境が変わっても同じような日々が続くと思っていた。
 学校から最寄り駅に戻り家へ向かおうとすると、親戚が来ているという連絡を母から受け取った。
 花を買ってきてほしいと。
 父の職種と家柄の関係で、家にそういった人が来ることは珍しくないが、花が必要と言われたことはない。相手方の名前も出されたはずだが、どうにもピンとこない。
 ふと浮かんだ疑問も、怒られないように手早く済まさなければと思いあまり頓着しなかった。
 家に帰ると、枯れた感じの老人と、馴れ馴れしい笑みを浮かべるおじさんがいた。そのおじさんに買ってきた花束を渡すよう母に言われ、その通りにするとおじさんは私の肘から先を撫でるようにしながらその花を受け取った。このおじさんが、私の結婚相手だと告げられた。意味が分からなかった。けれどそうらしかった。カサカサに乾いた老人が、息子もいいのをもらいましたなと大笑する。周りも笑っていた。何もわからない。わからないまま、後は二人でと言われ、別室に二人きりにされた。遠くから父と老人の話し声が聞こえる。お金の話だろうか、そういう話はなんとなく音の空気感でわかるようになってしまっていた。その音もやみ、会話もなく、ただ淡々と曖昧な時間が過ぎていく。冬も終わりかけのはずなのに、体の芯が凍り付くように底冷えし、表面だけがじんじんと腫れるように熱い。喉から音が出る。悲鳴のなりそこない。死産した叫び声。ずっと心を押し殺していたから、声までも死んでしまった。ごめんね。ちゃんと産んであげられなくて。言いたいことは言えない。
 そっか、両親はちゃんとわかっていたんだ。私という魚が何のために育てられているのか。知っていて、言わなかっただけなんだ。
 その日、何かが死んだ。

 翌日、何事もなかったかのように学校へ向かった。
 今日も今日とて私の行動は監視されている。定時報告と、GPS機能によるモニタリング。場所の縛りなく人と繋がれるデバイスで、私はいつでも縛られる。そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。
 ああ、ごめんなさい。
 すみません、朝からびっくりさせて。
 ごめんなさい。
 周囲の心配するような声が、遠い。遠くて遠くて遠くて。陸にいる人の声は水底の私には届かない。離れていく。
 離れていく。
 いやだ。置いていかないで。
 怖いから、やめて。
 ねえお願い。でもその怖いも遠くて。
「すみません、ちょっとヤバそうなんでその子次の駅で降ろしましょう。女の人手伝ってもらっていいですか?」
 ふと聞こえたその声だけは、異様なほどにすんなりと耳に入ってきた。
 それはもしかしたらたまたまなのかもしれない。けれど、思わず縋ってしまうくらいには、輝いていた。
「たすけて」
 ああ、生きている言葉を発したのはなんて久しぶりなんだろう。

「今日はたぶん帰れないから、許して。店来てもあんま相手出来ないと思う」
 あの時助けてくれた男性は、美月と名乗るホストだった。一年が経ち、その彼は今、目の前で慌ただしく準備をしている。
 ろくに話せない私を介抱し、事情があると察して駅員を誤魔化し、言われるがままに携帯を破壊して、何も言わずにタクシーで別の場所へ連れて行ってくれた。その後の手伝いも含め、普通ならありえない行動の連続だろう。ただそれも、彼の職業を思えば納得がいく。彼は善人じゃない、王子様でもない、ただ女性の価値を目視するのが得意なだけなのだ。彼の眼には、その女性が稼げるであろう金額がまるで値札のようにくっきりと見えているに違いない。前にそう話したら、彼は苦笑いをして。
「それ、他の子には言わないでね」
 と、頭を撫でてくれた。なんとなく、価値観を共有できた気がして嬉しかったし、同時に酷く虚しくなった。
 それでも、価値があることは嬉しい。彼はただ、あの日苦しんでいた私に高値を見出したから助けてくれたし、私はその期待に応え続けることが出来たから、今も彼といる。
 両親の呪縛を逃れ、価値観を一新したこの一年あまり、本当に驚きの連続だった。前よりは生き生きとしているなと思うものの、まだ帰ってこない現実感のことを考えると少し悲しくなる。私の中では何かがズレたままなのかもしれない。
「あのさ。やっぱり私、もう少し稼いだ方がいいよね」
「いいか悪いかの話、それ?」
 一瞥がこちらへ。
「ホストはね、別に遊びじゃないんだよ。彼女がいてもいいけど、彼女がエースじゃないのはダサい。趣味の女にかまけてるのはプロじゃない。だから」
 言葉を区切る。彼がこちらに向き直る。丸め込もうとしているのがわかる。私はあまり人の機微はわからないけど、そこまで愚かじゃないつもりだ。こんなに意図が丸わかりの行動の裏が読めないわけがない。
「彼女が頑張ってくれるのは助かるし、嬉しい。好きな人に応援されたら俺も頑張ろうってなる。それはわかるでしょ?」
 なのに何故、彼に抱きしめられると私はこんなにも愚かになるのだろうか。
「そういう賢いところ好き。ビジネスがわかるっていうか、ちゃんと理屈に沿って会話してくれるのマジで助かる」
「うん」
「でも、無理はしないで。今の仕事のまま稼げる方法探そうよ」
 胸がざわつく。私は、所謂夜職ではあるが風俗の仕事はしていない。というより、出来ない。美月との行為ですら十全にこなせないほどに、私はそれが苦手になってしまっていた。この性質は、ホストの彼女としては二重の意味で障害を生む。恋人らしいことが出来ないし、稼ぎが出にくい。彼は、そういう自分であっても一緒にいてくれるし、それどころかこうして慮ってくれる。
 悔しくて涙が出そうだ。
 頑張るから、試してみるから、エースになるから、行かないで、今日は一緒にいて。言いたいことはたくさんあるのに、口がパクパクと開閉するだけで言葉にならない。
 そうしている間に彼は部屋から出て行った。
 彼は今日帰ってこない。太客の来店予定があるのだろう、アフターは確実だ。そもそも、この家だって彼の家ではない。私が認識しているだけでも彼には「帰る家」がここを含めて四つはある。
 ここのところ、二人の将来についての会話がめっきりと減った。きっかけはわかっている。私が原因で彼は自身の太客と揉めたのだ。その子は多額の掛けを残して飛び、関係は切れてしまった。それでも尚私といてくれるのは嬉しいが、勤めている店舗の系列グループで役員として重用され最終的には自分のお店を持ちたいという目標を持つ彼にとって、私は明らかに邪魔だ。
 今日は機嫌がよかったが、最近は随分と喧嘩も増えた。
 お金を稼げない私には価値がない。両親の提示する生簀から出たからには、自分自身で環境を作らなければならず、彼の側にいたいなら相応のコストが必要だ。それを用意できないなら、彼の側にいるだけの価値がない。
 同じようなことを考えている人は大勢いるはずだ。
 だからこそ、彼のお目こぼしを得て払った以上に貰って得をしている私には敵が多い。掲示板やSNSでも言われ放題だ。
 腹こそ立つがそれは結局自分が悪い。
 なんとかしなければ。
 私は価値がなくなってしまうから。

 今日も喧嘩をした。彼は何処かへ行ってしまった。
 今日も喧嘩をした。連絡が帰ってこない。
 店に行って高額ボトルを開けた。被せられた。彼はその子とアフターへ行った。
 面接を受けた。信じられないくらい高い額を提示された。
 研修で吐いた。雇ってもらえないらしい。
 明らかに内蔵にアルコールが残っている。気持ち悪い。吐き過ぎて背中が痛い。
 喧嘩をした。
 自分のお客様のケアが出来ていない。信頼が落ちているのがわかる。売り上げは出ているが綱渡り過ぎる。
 ここのところ、喧嘩すらしていない。声が聞きたい。掛けを払わないと。
 面接を受けた。研修で気絶した。
 久しぶりに彼と居られる。けれど、しようとしたら吐いてしまった。なんで。
 背中が痛い。
 痛い。
 彼から、趣味の女を続ける余裕はないと言われた。
 背中が痛い。
 ちゃんと働けたら、彼が結婚してくれるって。頑張る。
 頑張る。彼のためだ。
 面接を受けた。ダメだった。風俗の面接を受けたことがバレ、太客にありで手当てを提案された。断ったら切られた。彼は今日もいない。
 背中が痛い。
 謝られた。謝られた。もう無理だと。ごめんと。泣きながら。謝られた。ホストは、エースとじゃないと結婚できないと。私は知らないけど、そういうルールかあるのかもしれない。本当は私のことが一番好きらしい。そうなのか。でも一緒に居られないらしい。泣かれた。
 私が悪いみたい。

「刺していいんだよ」
 彼の長い指が自分の胸元を指す。覆い被さる私の髪が何本も何本も垂れて渦を巻く、その渦に飲み込ませるように彼の指が一点を指し示す。
 果物が好きだという彼が、いつ来ても食べられるように買った果物ナイフ。その切っ先が揺れる。荒い呼吸と共に、手付かずのまま傷んだ果実の甘酸っぱい腐臭が肺へ雪崩れ込む。
 どれだけ吸っても、どれだけ思いを込めても、私の体は声を発してくれない。
「刺していいんだよ」
 どうして、どうしてこの人はこんな状況でも言いたいことが言えるのだろうか。どうして私は、ここまで追い込まれてなお興奮した息を漏らすばかりなのだろうか。
 鈍く光るナイフは何も教えてくれない。その輝きをどこへどうすればいいのか、それを教えてくれるのはこの場では彼だけだ。
 だから、私は彼を。
 彼が柔らかく微笑む。その表情は、幼い頃に見た母のそれに似ていて。
「あぁ」
 なんとなくわかってしまった。
「一緒に死のう」
 そうか、彼は言いたいことを言っているだけなのだ。私のことを好きなのも、私を選べないのも、ホストを続けたいのも、全部が全部自分のためなのだ。したいことをして、言いたいことを言って、言わせたいことを言わせているだけ。
「最後まで自分に酔ってんじゃねぇよ」
 ナイフを床に叩きつける。床に刺さりもしない。別に折れもしない。ただ中途半端に、跳ね飛んで消えていく。
 まるで私みたいだ。
「今までありがとう」
 決めないといけない。自分で決めないと、何も掴めない。新しい価値観を教えてもらったけれど、結局それが他人由来のものでそこに依存するだけなら、それはあの家に居た時と同じだ。私は案外、誰かに頼ることを自ら好んでいたのかもしれない。
 あの時は壊してもらった携帯を、今度は自分で壊す。呆然とする彼を置き去りにして、私は部屋を出る。

 さて、ここからどう生きようか。

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