見出し画像

サル・イノシシ合戦 栗拾い


原稿の締切が迫っている。
朝からデスクに貼り付き、
ない言葉を絞り出していると、
友人からメールがきた。

「山へ栗拾いに行きませんか?」

なんという楽しそうな言葉の響き。
思わずOKしそうになった。

いや、今、そんなことをしている場合じゃない。

なんとか断る文句を考えていると、

「迎えに行きますよ。車でさっと行って、さっと拾って、1時間くらいで戻ってきますから」

ぐらついた。

頭の中に浮かぶ、楽しい栗拾いの光景。
帰って、それをマロングラッセにしたり、
栗ご飯にしたり、焼くのもこおばしくていいな、と
拾ってもいない栗の
果てしない夢が広がっていく。

画像2


それに、
栗といえば、秋。
そういやもう秋、秋なのか。

少しびっくりした。

部屋に閉じこもってばかりで、
秋の気配にすら気付かなかった。
あれだけ鈴虫が鳴いて
秋をアピールしていたのに。

秋に、秋の情緒を味わうのは、悪くないなと思った。
どうせこのポンコツ頭から、
しばらく文字は出てこないだろう。
実際、さっきからまったくといっていいほど
進んでいなかったし。

1時間くらいならいいか。

「うん、いく」と、指が勝手に返事をしたから、

 仕方なく、準備を始める。

画像7


秋色の帽子を被って、リュックを背負う。

日本野鳥の会の長靴を履いた私を見て、
「えらく気合入ってますね」
と、友人が茶化す。

友人の車は、どんどこ山に入って行く。
標識も何もないところを曲がったり、上がったりしながら
前人未踏、じゃない、秘境へ分け入っていく。
いつも思う。
友人は、こんな目印もない道を
どうやって覚えるんだろう。
いつも山の中を走ったり、
自転車で駆けまわったりしてるから
けっこういろんな発見があるらしい。
こうした栗拾いも
そんなときに目星をつけておくのだろう。

友人が、運転席から車道脇の溝をちらちら覗いている。
おそらく現場が近いのだろう。

そのとき、友人が急ブレーキを踏んだ。
フロントガラスにおでこをぶつけそうになる。

見ると、2mほど先の車道に
見覚えのあるイガイガが散乱していた。

千と千尋のススワタリみたいな物体が
道いっぱいに、
恥ずかしげもなく転がっていた。

私たちは車を降り、
恥さらしなイガイガに近づいていく。
私はイガイガが本気を出したときの痛さには
以前から辟易していたので
事前に準備したパンバサミを
スズメバチのようにかちかちいわせながら、
用心深く近づいた。


画像6

イガイガを掴み、中を覗く。

なかは空っぽだった。

この空洞にすっぽり収まっていたはずの
大きな栗の実はいずこ?

私は周囲を見渡した。
何者かによって拾われたのか、
さもなくば、アイツにやられたか?

友人は、イガイガをつま先で軽く踏んで
身の詰まっているものだけを拾っている。
ぜいたくを言わなければ、
ファーストステップは、まずまずの収穫であった。

友人によると、
スポットはまだいくつかあるらしかった。

次に着いたのは、トンネルの出口付近。
トラックが轟音を響かせて通り過ぎていくような
わりかし危ないスポットだった。

山に入るには、
コンクリートの垣根を越えなくてはならない。
背の高い友人は、よいしょっと垣根を一跨ぎし、
山を調査に来た学者のような顔で
すっすと山に入って行き、見えなくなった。
一度も振り返らず。
私ときたことを完全に忘れているようだ。

背丈が足りず、垣根を越えられなかった私は
トンネルの出口で斜面に落ちた栗を拾うしかなかった。
負け犬感が半端ない。
それでも、思いがけず、大きな栗が落ちていた。
危ない場所だから、誰も近づけなかったのだろう。

しばらくして戻ってきた友人が
イノシシに先を越された、と悔しそうに呟いた。
潰れた栗を割って食べた形跡がある、というのだ。

刑事か、と突っ込みながらも、
日々、食糧を求めて山をウロつくイノシシに
たまに来た私たちが太刀打ちできるはずもない。

「勝てっこないよ」と私は言った。
「だって向こうは栗拾いの専門業者みたいなもんやん。業者に、にわか栗拾いが勝てるわけないよ」
そうかなぁ、と友人は納得がいかない様子。
数々のトライアスロンのレースで優勝経験のある鍛え抜かれた身体と
元来の負けず嫌い魂が負けを認めたくないのだろう。

みると、ジーンズがひっつきむしだらけになっていた。
「ちょっとぉ、足がウチワサボテンみたいになってるよ」

画像2


空を仰ぐと、すぐそばに栗の実がいっぱいなった木を見つけた。
「ねえ、イノシシは木に登れないんじゃない」

友人がはっとして空を見上げる。
「ムリムリ」と首を横に振る。

私はできそうな気がしたが、
残念なことに、ニットのワンピとパンツ姿だった。
こんなときについてない、
なんで、おしゃれなんかしてきたんだろう?
イメージが先行し過ぎたようだ。

もしジャージだったら
木に登ることは不可能ではない。
私には、庭の桜で木登りしたキャリアもある。
この、落ちる前の新鮮な栗を収穫できるチャンスを前に
何もできない無力な自分を恨んだ。

私は悔しくて、
悔しいをバネに思いっきりジャンプした。
えいやっと栗の木の枝先を掴む。

驚く友人に向かって、掴んだ枝を大きく揺さぶった。
まだ青いイガ栗がひとつ、ふたつと友人の足元に落ちていく。
イガイガの中から黒光りした艶のいい物体が顔をのぞかせた。

「おお、ワンダフォー」
こりゃ、ごきげんじゃないか。

しかし次の瞬間に気が緩み、持っていた枝を放してしまった。
葉が千切れ、枝がばねのようにしなり、
黄色やオレンジに色づいた空に弧を描いて
元の鞘ならぬ枝に収まった。
掌に千切れた栗の葉だけが空しく残る。

「しまった」
もう一度飛び上がってみるものの
手放した枝は、千切れたぶん短く、高くなっていて届きそうにない。
濡れた落ち葉で足下が滑り、うまく踏ん張れなかった。
はあはあと息をきらせながら、
このぶんでは、労力に見合う収穫率は見込めそうもないと悟る。

ここにジャージがあったらな。

画像6

ジャージをはいた自分がするすると木に登り、
木の上で大きな栗を収穫している姿を思い浮かべた。

「次はさ、ぜったいにジャージで来ようよ。それからさ、高枝切りバサミも持って来るべきだね、ぜったいに」

友人は、息を切らせながらぜったい、ぜったいと繰り返す私を見て、
ごもっとも、という顔をしている。
落ちた栗を拾うことしか考えていなかった友人は、
落ちる前の栗をもぎ獲ろうなんて、夢にも思わなかったのだろう。

「それでさ、こんなにいっぱいとって、甘いグラッセ作ろうよ」
私は言いながら、大きく両腕を左右に広げて微笑んだ。

友人は、それを恨めしそうに横目で見ながら
「来年はイノシシに先を越されたくないな」と悔しそうに呟いた。


帰り道、二人でいつも行く野菜の販売所に立ち寄った。
新鮮な野菜や果物を安く量り売りしているから
季節ごとのチェックが必要なのだ。
落ち葉で焼きいもにするサツマイモ、
お正月用の干し柿にする江戸柿、
アップルパイとジャムにする紅玉とフジの2種類の林檎を買った。
気がつけば2時間ぐらい経っていた。

急いで家に帰り、続きの原稿に取りかかる。
煮詰まっていた頭がすっきりしたのか、
思いのほか執筆作業が捗った。

画像5


夕飯の支度をするためにキッチンに来たときには、
もうとっぷり日が暮れていた。
袋に入れた栗は、大小15個ぐらいあった。

豆みたいに小さな栗
痩せてスリムな栗は
ナイフで削ぐように皮を剥き、
ずぶずぶと塩水で溺れさせ
お酒を浴びせて研いだお米に埋めてやる。

栗ご飯になった栗は、想像以上に甘くほくほくしていた。
これにはかなり感激した。
道端に落ちているものが、こんなに美味しいなんて、
まじで、ブラボーじゃないか。

大粒の栗が収穫できたら、
絶品グラッセになったに違いない。
来季はしっかり計画を立て
万全の準備で臨まねば。
そうだ、新しい梯子を買おうかな。

と、思いを巡らせていたら、
シンクからイガイガがこっちを見ていた。

ふと、我に返る。

頭の中で、収穫高を上げようと木に登る
どこかあさましい自分の映像が繰り返し流れた。
それは、なんだか美しくない光景だった。

栗を落とそうと枝を振る自分も、
なんだかゴリラや雪男のようで
恐ろしい。

おまけに
美味しい栗で冬を越そうとしている
野生のイノシシ相手に闘いを挑むなんて、
まったくもって、どうかしている。

これじゃ木に登ってカニに柿をぶつける
サルカニ合戦の猿じゃないか。

イノシシにイガグリを投げつける前に
改心しなければ。


改心の一句。

栗拾い、落ちた栗拾うから、栗拾い

秋の風情と友人を大切にしましょう。

ってかハイシェン怖いな。


画像4


ありがとうございます。サポートいただいた資金は、地球環境保護・保全のために大切に使わせていただきます。ご協力感謝致します。