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リビングの女王 最終話(読了3分) 全3話

 何を言ってるのかわかったが、何を言いたいのかがわからなかった、池ノ上麻衣子は関係ないのか、思わず聞きそうになったが、藪蛇になると思って辞めた。すると笑美が続けて口を開いた。

「ブルーウェイ高校が点を取られたときの記事も何あれ?サイドバックとセンターバックの帰りが遅れた?ハーッ?どこに目をつけてるんですか?あれは相手のドリブルを止めに行ったボランチが抜かれた失点なの、センターバックやサイドバックが遅れたせいじゃないの、時間を稼げなかったボランチのミスなのよ、あのドリブルに飛び出したボランチ、その時点でハーイ一点!くれてやったようなもんでしょ、それくらいわからないの?あなたの目は節穴なの?」
 
 記事の話?ダメ出し?ていうか、なんでそんなにサッカー詳しいんだよ、俺は何が起こっているのかわからなかったが、指摘のすばらしさにとにかく謝ろうと反射的に思った。いや謝らざるを得なかった。

「すまない、あの記事は本当にだめだな、笑美の言うとおりだ」
「本当にそう思ってるの?本当に反省して今後あんな記事書かないと約束するならいいわよ」

「するよする約束、ね、もっとサッカーのこと勉強して、恥ずかしくない記事書くようにするから」

「本当?じゃあ、JALマイル高校とANA学院の試合はどうなのよ、トップがポストになって、ボールを奪われなかったことがJALマイル高校が勝った勝因だって言ってたわね、あれはどうなのよ」

「あれかー・・・」

 俺が、あの記事はどこが悪いのか考えていると

「ブー、時間切れ、100PKの刑確定ね」

 100PK?俺は今から100PKの刑を受けるのか、そもそも100PKってなんだ、と考えていると

「あれは正解」

「え?」

「だからあれは正解だって言ってるの、JALマイル高校はあのトップがいるからここまで勝ち上がってきているのよ、あのトップがポストの役割をするだけじゃなくて、相手にボールを奪われないところがあのチームが強いところでしょ、正解なのよ、だから正解なの」

 その瞬間ピーッ、とホイッスルが鳴り、ビデオでは後半戦が始まっていた。

「わかった、わかった、正解なんでしょ、正解、わかった、でも100PKはどうかと思うけど、ちゃんとやればできるんだよ俺も、ね正解なんだから、でももっと勉強するから」

 俺はこの状況を打破しようと下手に出た。

「本当にあんなヘッポコ記事は書かないと約束するのね」

 急に笑美の声は優しい声色になり、笑美はロープに手をかけた。俺は、この訳の分からない時間がようやく終わるという安堵感に包まれほっとした。作戦は成功した、と思ったその瞬間だった。

「なーんて、これで終わるわけないじゃない、後半戦の始まる笛はーなったばかりなのよーーー!」

 笑美は表情を変え、手をかけたロープをさらにきつく縛ると、数歩後ずさりをして転がっていたボールをまた俺に向かって思い切り蹴った。バシッ、鈍いボールの音がリビングに響き渡った、俺の腕は真っ赤に腫れあがっている。長い時間その状態が続いたからなのか、次第にボールが当たった時に響く音にすがすがしささえ感じるようにさえなっていた。

「あなたはこのロープをほどくと、すぐに忘れるのよ言ったことを、忘れてはいけない、このことは、いや、この悲惨な状況は忘れるのよ、でも言ったことは忘れてはだめ」

「わかったよ、忘れるよ、いや忘れない、このことは忘れるし、言ったことは忘れない、それに今日のことは誰にも言わない、な、言わないから」

 映画のワンシーンのようなセリフがあふれ出てきた、というよりこのミゼラブルなわけのわからない状態がすでに映画のワンシーンなのではないか、縛られた状態で俺は必至に頭を回転させようとしていた。

「本当に言わない?」

「言わないよ、本当に」

 おい、そこか、と突っ込みそうになったが口をつぐんだ。しかし、そんな心は見透かされたのかもしれない。

「なーんて、今更この状況を人に言うか言わないかを気にするわけないでしょ」

 そう言うと笑美は再びボールを蹴ってきた。笑美の髪は乱れ、目は吊り上がっていた。

「ちょっと待ってて」

 そう言うと、笑美は部屋から出て行った。

 ピーッ、また笛がなった、笛の音に体がぴくっと反応するようになった。そろそろ後半も時間が無くなってきている。ビデオから

「頑張れ!フレンドリーズ」

 という父兄の声が聞こえていた。このグリーンのユニフォームのチームはフレンドリーズというのか、縛られた状態で俺は試合に見入っていた。試合は一対一のままだった。
 
 しばらくして笑美が帰ってきた。手にスマホを持っていた。何をする気なんだ。俺は危険を感じロープを緩めようと暴れたが、しっかり縛られたロープは逆にきつくなった、暴れれば暴れるほどきつくなるように縛ってあるようだ。笑美は持ってきたスマホをおもむろに俺に向けると

「あなたのこの姿しっかり撮らせてもらいまーす、ハイチーズ」

「おいやめろ、本当にそれだけはやめてくれ」

 俺はこの姿を撮られるなら死んだ方がましだとさえ思った。しかし、無情にも笑美は俺の鼻水と半分出たお尻と悲惨な状態をスマホに収めたのだった。 
「わかったわ、その言葉を信じるわ、でも、今後またあんなヘッポコ記事書いたらこの写真ばらまくからね」

「もちろん勉強していい記事書くよ、こんな風にロープに縛られてボールを当てられるのは初めてのことだけどすぐ忘れる・・・けど、話は忘れない、いや忘れる、いや忘れない、いや・・・」

 こんなショックなことを忘れられるわけないが、忘れると言わないといけない気がしたが、何を忘れてよくて、何を忘れてはいけないのか、もはや整理がつかなくなっていた。

「わかったわ、本当に信じていいのね」

「本当だよ」 

「一つだけ条件がある」

「なんだよ条件って」

「このグリーンのチームが勝ったらほどいてあげるわ」

「なんだよ、それ、負けたらどうなるんだ」

「その時はその時よ」

 ピーッ、また笛が鳴った。フレンドリーズのフリーキックだった。

「頑張れ!フレンドリーズ」

 俺は心の中で叫んでいた。

「頑張れ!フレンドリーズ、勝ってくれー」

 俺は何度も心の中で叫んだ。笑美も熱心に試合に見入っていた、果たして彼女はどちらを応援しているのだろうか、まあ、今はそんなことはどうだっていい、勝ってこのロープをほどくことが先だ。

 フレンドリーズのフリーキックは無情にも相手キーパーに阻まれた。

 ここはあの7番に任せるしかない。前半、フレンドリーズが点を取ったシーンはこの7番のループシュートだった。7番の選手がボールを持つと、キラーパスを出したり、自分でシュートを打ったりして、得点のチャンスを何回も作っている、彼ならあと一点得点できるはずだ。

「頑張れー、はるぼーん」

 ビデオの中の父兄の声に7番が手を上げた。7番ははるぼんというニックネームなのか。頑張れはるぼん、頑張れフレンドリーズ、俺の体は君に託した。心の中で俺は叫び続けた。

 もう試合時間がないはずだ。お互い一歩も引かない状態が続いていた。その時だった、相手ゴール前の左サイドでボールを持ったはるぼんが、いきなりペナルティエリアにドリブルで切り込んでいった、あれよあれよという間にはるぼんは三人を抜いて、シュートを打った。ボールはキーパーの頭上を鋭くさし、ゴールネットを揺らした。

 ピーッ、ピー試合終了のホイッスルが鳴った。フレンドリーズが二対一で勝利し、リビングの戦いにもホイッスルが鳴らされた。俺はやっと解放された。俺は汗と涙でぐちょぐちょになりながらなぜか笑美に「ありがとうございました」と言っていた。

 その後、俺は二度と笑美に縛られることはなかったが、俺たちの関係は変わっていない。俺は約束通りもっとサッカーを勉強したし、リビングで起きたことを誰にも話していない。たまに遠くから俺を見る笑美の目が怖かったが、俺たちは平和に暮らしている。

 あの日以来、彼女はリビングの女王となり、我が家の独裁者として今も君臨している。
                    リビングの女王 了

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