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殺人の夜 後編 読了3分

 部屋に戻り薬箱を取り出し、スイスで発明された軟膏を出した。さすがスイスだ、その軟膏を塗ると、ちょっとした傷であれば六時間くらいでふさがるという優れものだった。

 しかし、死のうと思う日に限って面倒な事が起こるものだ。

 御徒町もこみち郎は輸入品のショップを経営しているが、これ以上維持するのは難しい、と思っていた。ただ、十年前に会社を立ち上げてから、自分には三億の保険がかけられている。
 自分が死ねば、三億を十三人の社員には残してあげられる。分配しても数千万円ずつの退職金になるし、次の経営者の判断で借金を返済すれば、経営も続けられるだろう。ここ数ヵ月悩みぬいた結果だった。
 一番の心残りは西さんのことだった。西さんとは、御徒町もこみち郎が会社を設立して以来、ずっと運転手を務めていてくれた西日暮里とうきちのことだった。

 西さんはそろそろ七十歳か、運転ももういいだろう。ただ、今まで世話になった。何か困った時には自分のことのように相談に乗ってくれた。
 御徒町もこみち郎が西さんの顔を思い浮かべると、自然に涙がこぼれた。

 御徒町もこみち郎は十三人の社員への遺書をしたためていた。保険金の使い道も記載した。返済をして経営を継続するのもいいし、十三人で分割してくれてもいい、ただ分割する場合は、全社員二千三百万円で、西さんだけ百万円だけ多めにして、二千四百万円にするよう金額を指定しておいた。それが西さんに対するわずかながらの恩返しだ。

 御徒町もこみち郎は、ふーっと大きく深呼吸をすると、前もって準備していた青酸カリの缶のふたを開け、致死量分を一気に飲み干した。青酸カリを入れていた缶には、それだとばれないように風邪薬のラベルが貼ってあった。
 ただいっこうに青酸カリが効く様子がない。いつの間にかうたたねしながら数分おきに我に返った御徒町もこみち郎は、キッチンに行き包丁を持ってくると、自分の胸を一突きしたのだった。これが致命傷となった。
 翌日、御徒町もこみち郎の遺体は、迎えに来た運転手の西日暮里とうきちによって発見された。

 数日すると、御徒町もこみち郎を殺した犯人が警察に自首してきた。
「課長どう思われます?」
 巡査の上野山しゅんぺいが取調室から出てきて、巡査部長の恵比寿しょうへい太の顔を伺う。
 以前の妻、神田川さくら子が出頭していた。
「どうしても彼を許せませんでした。彼がキッチンに立った隙に包丁で刺したんです。グサッて。あまり手ごたえはありませんでした。でも血が、血が大量に流れだして、彼は息絶えたんです。でも後悔はありません。私は自分の罪を償います」
 神田川さくら子は涙をながしながらも冷静に供述していた。

 池袋いちろう太の言い分はこうだ。
「売り上げが上がらず給料が減っていたので、腹いせに社長の家に泥棒に入ろうと思いました。玄関の鍵は以前家に用事で来た時に一つ拝借していたんです。当日は照明が消えていたので、誰もいないのかと思っていたら、キッチンに人がいて思わず部屋に置いてあった木の置物で殴ってしまいました。殺すつもりはありませんでした」
 涙ながらに後悔の思いを語ったのだった。

 新橋しんぺい太は、飲酒運転をして人をはね、殺してしまった。その時は怖くて置き去りにしたが、目が覚めたらなんてことをしたんだと怖くなった。今まで親不孝なことをしてきたが、自首して人生をやりなおそうと思ったと語っていた。

 同時にテレビでは外国の詐欺集団が逮捕されたニュースが流れていた。青酸カリだといって、ただの風邪薬が数万円で売買されていたのだった。

「風邪薬は死因ではないようですね」
 上野山しゅんぺいが頭をひねっている。
「当たり前だ、だいの大人が風邪薬を数グラム飲んだだけで死ぬわけないだろ。それにしても何なんだあいつらは、遺体には車ではねれたようなケガはないし、後ろから刺されたような刺し傷もない、頭部に殴られた後もないだろ、鑑識の調べではキッチンや風呂からさえ血痕は出てきてないんだぞ。あの三人は自分が犯人だと言って何の得があるんだ」
「じゃあ、犯人は」
「こういう時はたいてい第一発見者と相場は決まってるんだ。何より遺産額を自分だけ水増ししてるだろ、それが証拠だ」 
                                                                                                        了

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