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日記 第7話 (読了3分)
前回までのあらすじ
西澤祐樹は、熟女パーティという妙なパンフレットを預かったせいで、妻から離婚届を叩きつけられた。同時に仕事も長期休暇をとるはめになった。一人でいることに耐え切れなくなった祐樹は、結婚相談所に出向く。そこで1週間日記を書いてくるように言われた。
日記第7話
「はい、お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
通された部屋は広い個室だった。大きな花がデスクの上に飾ってあり、ソファも置いてある。あとで部屋を間違えましたなんてこないよな、などと考えながらソファに腰かけた。
部屋のドアがノックされる。
「はーい、こんにちは。日記書いてきましたか」
勢いよくドアを開けて三上さんが入ってきた。三上さんの声で一気に部屋が明るくなる。ドアの音に思わず三上は尻を上げた。
「あ、はい。書いてみたんですけどなかなか進まなくて」
まだ心臓が鳴っている。びくびくしながら祐樹はバッグから三上から預かっていた日記帳を取り出した。日記帳の表紙でパンダが笹を食べている。
「どれどれ」
三上さんはおばさんみたいな口調で日記を受け取ると、デスクで日記を開き、興味深そうに文字を追った。すぐに顔を上げた。
「結構頑張ってますね」
「は、はい」
「1週間で7行、やるじゃないですか」
三上が上目遣いに祐樹の顔を見つめている。指摘をされるのは分かっていた。1週間で7行しか日記を書けなかったからだ。
「は、はい」
「どれくらい?」
「はい?」
「1行書くのにどれくらい時間がかかったの?」
言葉遣いが変わった気がした。
「1時間、くらいかな」
「そうですか、頑張りましたね」
三上さんはそう言って日記に目を戻した。
「部屋の中に千沙がいる、これはやばい、ここから消えるか本当に戻ってくるか、どっちかにしてくれ」
三上さんが顔を上げる。笑顔だ。笑顔で詰められるほど怖いことはない。
「これはなにかなあ?」
「あ、そのあるんですよ、怨念。で、視界にね、はっきり見えるわけじゃないけど千沙、いや前の妻がいるようなきがする」
「そう、じゃあ水曜日の日記は?散歩に出かけたら思いがけない事故。階段を上がっていると女性が足をつまずいて倒れた。手を伸ばして引き上げてあげると熟女だった」
三上さんの冷ややかな視線が針のように俺を刺す。
「ああそれね、転んだ人に手を差し伸べたんです。まあその人が結構昔かわいかったでしょ、みたいな熟女で」
「じゃあこれは」
三上さんの声が低くなる。
「さまよい歩く千沙がいなくなってくれれば、もっと楽になるかもしれない」
「まあ、その通りですけど」
子供の日記じゃないか、と思いながら、書いた自分を恥じていた。たぶん出てくるキーワードは熟女か千沙か、幽霊だろう。まるで頭がおかしい人間のたわごとだ。
ふと思った。もしかして俺は頭がおかしくなったと思われているのか?ここに来た日のことを思い出す。三上さんのことをカウンセラーと言っていたな。最初担当していた近藤さんが書類を見て三上さんに担当を変わったことを思い出し、祐樹は合点がいった。
自分は精神的に病んでると思われている。ここは心のリハビリをする場所だ。
だが、自分も精神的な病のことは否定できない。自分だっておかしいと思うからだ。普通は見えないものを見たり感じたりしている。自分で言うのもなんだが、情緒が不安定な気がする。
「幽霊がでるのかな?」
「幽霊というか、怨念」
「へえ」
三上さんが浮かない顔をしている。
「怨念がおんねん」
「はっくしょん」
祐樹が言葉を発したと同時に三上さんがくしゃみをした。祐樹はダジャレを言わなきゃよかったと思った。
「怖いのかな、その幽霊」
三上さんが鼻にティッシュを当てながら話しにくそうに声を発している。日記のクオリティの低さにてっきり叱られると思っていたので、意外な展開に力が抜けた。
「怖いと言えば怖いし、そうじゃないと言えばそうじゃないし、自分ではよくわからないんです」
自分を見失ってしまっていること自体、頭がおかしくなった証拠なのかもしれない、と自分で思った。
「お酒辞めてみる?」
三上さんが目を細めて問いかける。
「妻と別れてから家では飲酒はしていません」
「そうか、酔っぱらったせいじゃないんだ」
三上さんは嬉しそうに笑っている。何がおかしいんだろう。本当に酔ったせで幻想を抱いたのなら逆に言えないだろ。
「朝までずっと起きてるといいかもね、照明つけてさ、」
相変わらず三上さんが笑顔で話しかけてくる。
「それじゃ睡眠不足になるじゃないですか」
「だから昼、寝るのよ、そうしたら夜は起きていられる」
これは一里あると思ったが、果たしてそんな生活に慣れてしまっていいのだろうか。いつかは仕事をするわけだから、そんなことしてたら夜の仕事をしなくてはならなくなる。夜ゆっくりしたい。昼寝は却下だ。
「それは無理ですよ、昼寝るのは嫌です」
「そっか、じゃあ吸い込むか」
三上さんが眉間にしわを寄せて、両手で何かを抱える真似をした。
「吸い込むって」
「知ってる?ゴーストバスターズ。あれゴーストをでっかい掃除機で吸い込むでしょ。あれやったらいなくなるかもよ、私、行ってあげようか?霊を吸いに」
じっと三上さんの顔を見る。髪を後ろで縛っておでこを出している。色白で二重の目が印象的で、女優並みのルックスだ。でもこの人は自分以上に頭がおかしいんじゃないかと思った。ここに相談しに来ていいのだろうかとさえも思い始めた。
「なにかおかしい?」
三上さんが祐樹の顔を覗き込んだ。
「いいえ、おかしくはありません」
「ほんとはいるのかもね」
「幽霊がですよね」
ごもっともな意見だと思った。
「違うわよ、奥さん。別れていると思った奥様とは実は別れていなくて、そこにいるのは本当の奥さん。幽霊なんかじゃなくて。離婚はあなたの思い込み」
幽霊を見るより怖い話じゃないか。
妻がいる?それはないだろう。電話で話をしているから家を出て行ってるのは間違いない。その証拠に千沙が持っていた家の鍵は電話の翌日、速達で送ってきている。
「いいえ、もう家に帰ってきたくないって鍵を送ってきたから間違いないです、離婚したのは」
日記 第8話に続く
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