少女A 第2話 読了3分
第1話のあらすじ
東京都江東区で発見された女子大生の死体。自殺とも他殺ともわからない状態で亡くなっていた。担当した桐谷と田口は他殺だと踏み捜査を続けていた。
少女A 第2話
「帰ってきてこの部屋の前を通りかかったところ、そこの窓から、ゆうと呼び、返事をした声が女性だったそうです。女性は自分の名前がゆう子だったので、自分が呼ばれた気がして、それで覚えていたそうです、返事をした声は間違いなく女だったと言ってます」
「顔は見たのか」
「いいえ、カーテンがしまっていたので声しか聞いていないと言ってます」
青山が頭を下げ部屋を出て行った。
「男がやったんですかね、自殺に見せかけて、ここでプリントアウトすれば遺書なんか簡単にできます」
田口が軽い口調で言った。
「そうとは限らん、もし他殺だとしたら、そんなに簡単な事件だとは思えん」
二十歳か、桐谷は十五年前に別れた妻と子供を思った。母親に手を引かれ家を出て行ったとき、娘は五歳だった。雰囲気でもう父親と会えないかも知れないと察したのか、行きたくないと泣きながら出て行った娘は、生きていたら来年成人を迎える年だ。
警察は他の仕事と比べて離婚率が高いと聞く、確かにそういう仕事だ。家にまともに帰ってやれない。それが警察官の正しい姿だ、出会ってきた人間は皆そう言う。ただ、それは「正しくない」。実際にはできなくても、そう思わなければいけなかった、頭の中だけでも。
俺が殺したようなもんだ。行きたくないと泣く娘を、二人を、どうして引き止めなかったのか。娘はその三年後に交通事故で他界していた。
あれから十年以上も経つというのに、今でもたまにあの時の子供の泣き顔が夢に出てくる。
子供の成長をまっとうに見てやれなかった夫婦、いや家族の不遇は全て自分のせいだ、と桐谷は思っていた。自分が守ってやるべきだった。今でも、あの時に戻れればと思う。後悔の思いはつきなかった。
部屋を出て階段を降りると、青山が一階の部屋の前で事情聴取をしていた。おそらく一階の住人だろう。田口と一緒に頭を下げて二人の前を通り過ぎる。
桐谷と田口の違和感は残ったままだった。
「行ってきます」
楢崎琴美が玄関でスニーカーを履き、玄関ドアに手をかけた。
「行ってらっしゃい、今日は遅くなるって言ってたっけ」
「あ。うん、ちょっと友達と用事あるから、晩ご飯はいらない」
そういうと琴美はいそいそと家を後にした。母親が何か言いたそうにしていたが、どうせ早く帰ってこいというだけだ、話すだけ時間の無駄だ。反抗期はとっくにすぎたのに、母親のことはいまだにうっとうしい。いつもうるさい存在だ、琴美はもう二十歳になるが、そう思っていた。
一人暮らしをせずに、自宅から大学に通って、ご飯も食べさせてもらっている。ただ、それも親に子ども扱いをされている気がして嫌だった。家賃がいらないのはありがたいが、正直言って早く就職して一人暮らしがしたいと思っていた。公務員の堅物の父親が放った、就職するまでは一人暮らしはダメだという鶴の一声で、大学のうちは自宅から通うことになった。
琴美はこの春、有明国際大学の二年になった。大学がある場所は江東区有明だから、自宅のある調布からだと結構距離がある。
琴美の気持ちをかき乱すものがある。いきなり何なんだろう。琴美は二日前にかかってきた優香からの電話が気になっていた。電車に揺られながら、ついそのことばかり考えてしまう。
大事な話があるから会いたいと言ってきた。優香とは中学を卒業して以来会っていないし、連絡さえもとっていない。別々の高校にいったから、もう五年位は全く連絡を取らなかった。というより、取らない方が良かった。約束を守るためにも。「私たちは会わない方がいい」そう言って私たちは別々の道を選んだはずだ。だから今日、優香と会うことは誰にも言っていない。
先月もえが自殺したことはテレビのニュースで知った。最初は他殺という見方もあったようだが、結局自殺だったみたいだ。遺書もあったってきいた。
もえのことは、テレビやネットニュースなんかでも結構騒がれていたから、たぶん優香も知っているだろう。何かそのことと関係があるのだろうか。優香から会いたいということはそういうことなのか。今さらまた会うなんて気がすすまない。でも、大事な話だって言ってるから、避けるわけにはいかないだろう、あとで大きなことになってもいけない。
電話の声が妙に元気がないような気がしたが、気のせいだといい。そこまで考えると、気が滅入ってしまいそうになるので、琴美は無理やり考えるのをやめた。
優香との約束は夕方の六時だ。大学の講義が午後三時には終わったので、待ち合わせまでブラブラしておこうと思い、早めに約束の場所に行った。
待ち合わせ場所は江東区豊洲にある大きなショッピングモールだ。なんとなく気が滅入っていたので、洋服でも見ながら気を紛らわそうと思い、琴美は一度三階のフロアに上がると、そこから興味のあるショップ巡りを始めた。
何度も買い物に来ているから、どこに何があるのかはほぼわかっている。エスカレーターで三階から二階に降りる途中で携帯がなった。表示が出ていない。もしかして、と思って電話に出ると、優香だった。
少女A 第3話に続く
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