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PS.ありがとう 第9話 (読了2分)

10分くらい商品の紹介が続いた。その間美智子さんから今まで乗り継いできた自転車の話を聞かされた。まるで自分の子供のことでも話すような美智子さんが少しかわいく見えた。

「では、いよいよいきましょか」

満面の笑顔を浮かべてねずみ男がアシスタントに振る。

「はい、では今回抽選していただくのはこちらの方です」

紹介があって会場の左端から走って出てきたのは、関西で今人気急上昇中の芸人、一等一番だった。

「はい、愛には愛を目には目を、あなたの心は僕に首ったけ、今日も元気な一等一番でーす」

会場が笑いに包まれる。一等一番が出てくると子供たちが最前列に走って行った。ジャージ姿にパンダの耳を頭につけたキャラが子供達には大人気のお笑い芸人だ。

一等一番はステージの真ん中にくると、持ちネタの「開け、気を付け、前にならい、直れ、では、休め」を披露した。一等一番が右足を出してやすめの姿勢をとると、テレビで見ているから知っているのだろう、号令に合わせてそこにいる子供たちが一斉に休めの姿勢をとった。

横から見ていてもほほえましい光景だった。

ただでさえ親の言うことを聞かない子供たちをここまで手なずけるとは、テレビの力は恐ろしいものだと改めて思った。

「今日はいつもに増して元気やなー」

MCのねずみ男が一等一番に振る。

「だってこの街は私の実家がありますからー」

会場から拍手が起きた。関西人には一等一番が大阪のとある町の出身だということは周知のことだ。

「では、一等一番さん、抽選をお願いします。会場の皆さん、先日商店街でもらった抽選権を手元にご準備ください。今から商品ごとに抽選していきます。では、一等一番さんこちらをどうぞ」

その言葉を合図に、横から2りがかりで、赤くて大きな箱がステージ中央に運び込まれた。箱は1メートル四方はあるだろう。いくらイベントを大きく見せたいといっても少し大きすぎるのではないかと思った。

「はい、一等一番ひかせていただきます」と一等一番。

「まずは冷蔵庫の当たりくじを引かせていただきます」

そういって女性MCが一等一番を箱の前に促した。

箱の前に来た一等一番が箱を覗き込むと、最前列の子供たちが一斉に笑った。一等一番は箱に手をいれるが、箱が大きいために、中の紙を手に取るのに箱の上に体を乗せなければならない。一等一番が箱に乗る姿を見て、子供たちは大喜びだ。

ほとんど箱にすいこまれるような体勢で紙をぬきとると、その勢いで箱の後ろに倒れこんだ。その姿も爆笑に変わる。

「えーっと、Aの99833の方です」

会場の大人たちが一気にどよめく。

瑤子は、冷蔵庫でもあたると嬉しいなという気持ちと、ここで当たらないでという複雑な思いで抽選券を財布から取り出した。

良かったのかはわからないが外れだった。ほっとしながら、いったい自分は何がしたいんだろうと思った。

「では、次はこのテレビの抽選を行います」

女性アナウンサーが髪を風になびかせながらイベントを進行する。

「それテレビやったん?自転車かと思ったわ」

ねずみ男がそう言うと会場が大爆笑に包まれる。イベントだからか、ここにいる全員が浮かれている。それを見て、瑤子も楽しい波に乗っかろうと思った。気を許せる、というのはこういうことなのだろうか。今までそんなことを思ったことがなかったから、余計にこの時間を大切にしたいと思った。

いい思いに浸っていると後ろから肩を叩かれた。

「美羽ちゃんママ」

振り返るとレイナちゃんママだった。

胸のあたりが重くなる。

「ちょっとええ?」

祐輔のことだろうと思った。せっかく抽選を楽しんでいるのにという気持ちがあったが、レイナちゃんママとは結託していたい、瞬間的にそう思った。

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