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日記 第3話 (読了3分)

前回までのあらすじ
緊急救助隊に属している西澤祐樹は入隊して5年間上司の川崎からパワハラを受けていた。ちょっとした心の乱れで川崎と言い争いになってしまう。

日記 第3話

祐樹は瞬時にそれをよけると、川崎の足を右足で振り払った。勢いづいていたからか、激しく川崎がその場であおむけに倒れた。

「いたっ!」

祐樹が上から右腕を振り上げると、川崎が頭を両手でかばいながらうずくまった。ダンゴムシみたいな川崎を見たら急に力が抜け、殴るのが馬鹿らしくなった。

「痛いのはこっちだよ、何だよ、偉そうにして、こんな会社辞めてやる」

そう言うと祐樹は踵を返し、部屋から出て行った。

廊下を歩いている途中でロッカーにバッグを忘れたことに気が付き、祐樹はもう一度待機室に戻った。

勢いよくドアを開けると、立っていた川崎がすかさず机の陰にしゃがみこむのが見えた。

次の日、人事に辞表を出しに行ったが、慢性的に人が足りていないということと、ほかにも川崎のパワハラに関する情報が入っているらしく、ここは辞めないでくれ、川崎は人事でなんとかする頼み込まれたので、祐樹は長期休暇に切り替えることにした。

一応、川崎をクビにするように頼んでおいた。

署長の配慮で、有給と署長権限の特別休暇を合わせて休みを3カ月取ることができた。

1人になると、自分は何をイラついていたんだ、と冷静になる。5年間我慢してきたのにあれくらいで切れることはないじゃないか、という考えと、5年も我慢してきたんだからいいんだよ、という相反する考えが浮かんでは消える。

自宅は妻の千沙が出て行ったままだ。2LDKのマンションにそのまま1人でいる。広い部屋が使い放題だが、そんなところにいまさら喜びはない。もっと狭い部屋に引っ越した方がいいだろう。

子供がいないことをなげいていたのに、こうなると子供がいなかったのが幸いだ。子供がいたら自分だけの苦しみだけではない、子供たちはどれだけ深い傷を心に抱きながら生きていかなければならないのだろうか。想像を絶する。

忙しさにかまけて部屋をきちんと見ていなかったが、ウォークインクロゼットを開けると、千沙のワンピースが脱いだまま置いてあった。たたんであるわけでもなく、抜け殻のように小さく立ててある。そこに足を通してそのまま引っ張り上げれば労せず身に着けることができる。

思ったより慌てて出て行ったんだな。ワンピースを持ち上げると、千沙特有の花の匂いがした。

「ああ、千沙、何を怒ってるんだ」

ひと時の心の迷いなら帰ってきてほしい。

俺が悪いのか?バッグをむやみに預かったのは悪い、それが原因で離婚?そんなことを考えているとみじめな気持ちになった。夜になると千沙の怨念が部屋を彷徨っているような気がした。寝ていても何かが体を締め付けてくる。

自分は1人では生きていけない人間だと、あらためて確認する。毎晩目に見えない恐怖におびえながらあっという間に1週間が過ぎた。

1人では時間を持て余してしまう。ネットで結婚相談所の広告がやけに多い。一度結婚や離婚というキーワードで検索したからだろう。調べてみるとそういうサービスをする会社が案外たくさんあることに気が付いた。

結婚相談所なんか使うやつなんて下の下だろ、と思っていたが、1人の時の恐怖と比べると、そういう機関を使っても2人になりたいと思った。

祐樹は取り急ぎ、一番大きい会社に面談に行ってみることにした。

東京駅の近くのきれいなオフィスビルにその会社は結婚式場のようなたたずまいで祐樹を待ち受けていた。受付で予約していたことを告げると、しばらくして、ぴちぴちのスーツを身に着けた女性が現れた。その姿はスーツ色のラップに巻かれているようだ。

「近藤と申します」

ネームプレートを指さしながら頭を下げる。祐樹も頭を下げる。

2人でブースに行き向かい合った。ブースに向かう途中で近藤さんからいい匂いが漂ってきた。

「この人でもいいな」

とは思ったがそういうわけにはいかないだろう。

ブースでアンケートに記入した。今までの経歴や好みの女性を書くようになっていた。

仕事の経歴を記入する欄があった。入社年度と今の状況を書く。

“上司から殴られそうになったが、足蹴りをして殴りそうになって辞めた、全てが嫌になったが、退職はせずただいま長期休暇中“
と書いた。

結婚歴のところには離婚歴のありなし、理由などを記入しなければならない。

“SMクラブの道具を見つかった。熟女パーティのパンフ100部が見つかった。しかしそれは俺じゃない誰かだ”

と記載した。ここで木村の名前を出すのはフェアじゃないと思った。

日記 第4話に続く

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