日記 第13話(読了3分)
前回までのあらすじ
つまらないことで妻と離婚をし、会社では理不尽な上司とやりあい長期休暇をとった西澤祐樹。さすがに一人でいるのは寂しいと思い結婚相談所を訪れる。そこで祐樹は年上の女性を紹介され、顔合わせと称するデートをすることになった。
日記 第13話
「で?次は来週なのね」
「はい、来週はディナーです」
「そう、うまくいくといいわね」
「そう、ですね」
本当にそうなのかはわからないが、しっかり前進していることは間違いない。もうすぐ仕事に復帰するから、それまでにはどうするか決めたいと思っていた。
部屋に戻り一人になると、やはり千沙のことが気になった。最後に状況だけでも伝えておいた方がいいかな。
スマホを手に取った。思い切って電話をしてみた。10回呼び出し音がなったところで電話を切った。空気がむなしく揺れる。
スマホをテーブルに置く。前回は折り返しかかってきたから少し待ってみようと思った。テレビとスマホと交互に見るがスマホは微動だにしなかった。
風呂から上がり、リビングに座る。ビールの缶を開ける。テレビとパソコンを同時に見るのが習慣になっていた。こういう生活に慣れると、一人の時間をこうやってすごすのも悪くないと思い始めていた。スマホが振動した。壁の掛け時計を見ると12時を過ぎたところだ。千沙からだった。
「あ、俺だけど」
「折り返しかけてるんだから分かってるって」
「そうだよな、どうだ?誤解は解けそうかな」
わけのわからないことを言っているのが自分でもわかる。
「SMと熟女でしょ。気持ちわるっ」
「そうだよな」
「分かってるならやめなさい」
「だから俺じゃないんだって、あ、それからさ、見合いしようかと思って」
「見合い?何よそれ」
「結婚のお見合いだよ」
「へえー、そういうことするんだ。きもっ」
相変わらず弁が立つ。
「報告だけしておこうと思ってさ」
「了解!わかったわ要件はそれだけ?」
自分の存在はすでにないも同然なのか。
「最後になるかもしれないからさ」
「じゃあ切るわよ、SM野郎とこれ以上話すと感染しそうだから」
「わかったよ、じゃあな」
「じゃあねー」
千沙がまた明日ね、みたいに言って電話が切れた。少しは落ち込んだりするのかと思っていたが、逆に悪態をつかれた。言わなきゃよかったと思った。すでに俺は過去の男なのだろう。
会社からメールに連絡が来ていた。川崎さんは降格になって同じ立場になったこと。チームはわけるので一緒に仕事はしなくていいこと、当日はいつもの時間に出社してほしい、などといったことが書いてあった。あと2週間で復帰か。ずっと休暇のままでもいいのにと思った。
カレンダーに印をつけた。休みの終わりが近づくたびに少しずつ切なさが増す気がする。
加登谷さんとの3回目の顔合わせはお台場のレストランだった。テーブルからレインボーブリッジが見える。こんなところでデートをしたら好きになってしまうのは必然のような気がした。
食事をしていると加登谷さんがバッグから冊子を取り出した。
「20周年記念パーティ。豪華な熟女が集合」
表紙を見てすぐに熟女パーティだと気が付いた。数ヶ月前まではこんな世界があることさえ知らなかったのに、今はタイトルでわかるのが怖い。
「これに参加するから来てくれません?ちょっとしたゲームもあるから、一緒にしないかと思って」
「いいですね、加登谷さんが参加するならぜひ」
もちろん行く気はないが受け取るしかない。それに仮に参加することになっても、行くだけ行ってすぐに帰ればいいかとも思った。加登谷さんと交際が続いていくならば、これ以外の楽しみが持てればいいとも思った。我ながらだいぶ前向きになってきている。
シャンパンを飲みながらイタリア料理を堪能すると、ちょっとそのあたりを散歩しましょうかと誘われた。
必然的に海岸の方へ足が進む。シャンパンを2人で2本空けたせいか、酔いが回り足取りが怪しくなっているのが自分でもわかる。それに比べて加登谷さんは会ったときと全く変わらない様子だ。
「こっちに行ってみたいな」
加登谷さんに言われるがまま移動した。台場の海岸に降りて岩場を見ると、何組かのカップルが散歩をしたり、岩に座って東京の街並みを見たりしている。
レインボーブリッジの向こう側に東京タワーが赤く輝いている。レインボーというだけあって、七色の光が暗闇に浮かんでいる。オフィスビルの灯りが都会の街をひときわ鮮明に際立たせている。
岩に腰かけてレインボーブリッジを眺めた。
「とってもいい気持ちだわ」
加登谷さんが体を寄せてくる。
「なんだか、私たち合ってると思う」
加登谷さんがそう言って寄りかかってきた。祐樹が振り向くと加登谷さんが目を閉じ唇を差し出していた。まるでタコが怒っているようだ。
困ったな、祐樹はまだそんな気になっていなかった。でも乗りかかった船だ、と割り切る。唇を合わせる。
日記 最終話に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?