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犯罪レッテル 第1話(3話完結)読了3分

 横に座った男の腕で、チカチカと赤や青い色のLEDライトが点滅している。

 カウンターと五つしかテーブルがない狭い店内だった。壁に背を付けて雄一郎が座っているテーブルの左横のテーブルに、若い男が並んで座っていた。少し緊張しているように見える。男は近くの会社に勤めているサラリーマンなのだろう、シャツとスーツには折り目が、まるで折紙でも折ったようにきれいに、そしてまっすぐに付いている。雄一郎は一番奥の小さなテーブルに座っていた。店内を上目遣いに眺めると、スマホに目を戻した。

 男の席に定食が運ばれてきた。

「はい、お待たせ、唐揚げ定食です。あんた北陽区の人だね、それだけ光ってると重いだろう、毎日この辺りまで通勤してるのかい」

 店員のおばちゃんが、男の目の前に唐揚げ定食を置きながら聞いている。

「ええ、北陽区から通勤しています。会社はここからだと四、五分歩きますが、最寄駅はこの日本橋です。毎日この店の前に行列ができているのを見ながら、いつかこの店に来たいと思っていたんです」

 雄一郎はスマホをいじりながら、おばちゃんと男の話を聞いていた。おばちゃんは五十代くらいで、この店の店主の奥さんだ。名前は知らない。店主は中で料理を作っていて、おばちゃんと二人で店をやりくりしている。ネットにそう書いてあった。

 ニンニクと醤油の味が絶妙に染みこんだこの店の唐揚げ定食は、ネットのグルメサイトで高評価を得ていて、平日はいつも行列ができる人気店だった。ランチ時間には短い昼休み時間でも、一駅二駅くらいなら地下鉄で来るOLもいるようだった。

 これさえなければなあ、雄一郎は左のシャツの上にまかれた色とりどりに輝く腕章を見ながら思った。

 雄一郎は立ちあがるとレジでお金を払って外に出た。

 相変わらず行列ができている。少し左腕が重かった。

 食堂から二、三分歩いたところにあるビルの二階が雄一郎が仕事をしているオフィスだった。社員四人の小さな企画会社で、雑誌の取材や広告制作を請け負っている。

 雄一郎は三十八歳だ。三十代後半といっても社内では若い方だ。一つの時代を作った社長に魅力を感じる有志が集まったような会社だった。雄一郎は会社にいる唯一のライターで、カメラマンと一緒に取材に行きテープを書き起こしたり、雑誌のコラムを寄稿したりしている。

 今は、三日前に取材した企業の取材原稿を書いている。昼休みはいつも、適当に近くの定食屋でとっていた。

 オフィスに戻るとカメラマンの尾崎さんが話しかけてきた。

「いつまでこれするんだろうな、犯罪レッテル。これ付けてると腕が重くて、カメラを持つとつらいよ」

 尾崎さんがしかめっ面をして話しかけてきた。尾崎さんの左腕を見ると、レッテルがきれいなレインボー色に輝いていた。

「あれー尾崎さん北陽区だったんですね」

「やっぱりわかるか、北陽区が今一番犯罪多いからな、全くいやになちゃうよ」

 あれは三年前のことだ。キャロウィルスの蔓延を防ぐために緊急事態宣言が発令された。緊急事態宣言自体は成功を収めた。しかし、経済は破綻した。緊急事態宣言が発令されて、丸一年かかってやっとキャロウィルスは終息したというのに、国内の十パーセントの企業が消滅、閉めた店や会社が軒並み廃業に追い込まれた上に、浮浪者の数がもとの十倍くらいまで膨れ上がっていた。

 浮浪者にならなくても、それまで大手で正社員をしていた人たちがアルバイトや日雇いの仕事をするなどし、社会の構造が変わりつつあった。街中では窃盗や空き巣などが横行、キャロウィルスが収まって二年が過ぎようとしていたが、街の混乱は収まるどころか、一ヵ月に発生する犯罪数はそれまでの数倍にも膨れ上がり、町は荒立っていた。警察も手を焼いていた。

 そこで発令されたのが、犯罪に対抗するための緊急事態宣言だった。キャロウィルスでの緊急事態宣言で味をしめた政府が、この騒ぎを収めようと打った策だった。

「国内の犯罪の増加を受けまして、ここに緊急事態宣言を発令致します。これは犯罪数を減少させるためと、混乱を抑えることを目的に発令されるもので、皆様には決して迷惑になるようなことではありません。今後は国の権利を県に譲渡したく思います。また、県だけではなく、市町村ごとに区切って犯罪を取り締まっていただきたいと思っております。日本が海外諸国から犯罪大国と呼ばれないように国民の皆様にはぜひともご協力いただきたい」

 総理はそう言い、議員の顔をぐるりと見わたすと口角をあげた。ニヤリと笑ったように見えた。

「ソーリ、それはないでしょ、犯罪者が多い市町村とそうではない市町村、差が大きくなるんじゃないでしょうか、犯罪者が多い市町村では多くの人が犯罪者としてレッテルを貼られるんですよ、ソーリ、犯罪者軍団を取り残す気ですか?犯罪者軍団を一人ぼっちにしますか?ソーリ、ソーリ、ソーリ」

 ベリーショートに髪を刈り上げた元グラビアアイドルの女性議員が、目じりをつりあげて総理大臣にかみついた。

 総理大臣は聞こえていないのか、あるいは聞こえないふりをしているのか、女性議員の意見に耳をかそうとしない。しかし、しばらくすると手をあげ、自らマイクに戻った。

犯罪レッテル 第2話に続く

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