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PS.ありがとう 第11話(読了2分)

「東京?」

充血した目が大きく開いた。

「祐輔さんがな東京に転勤になってん。私な、東京で生活したくて大学も就職も東京を選んだんよ。祐輔さんもそう、最初は東京で就職したんよ。こっちは転勤で来た。本社が大阪やったし、東京支店から大阪いうたら栄転やからね。でもまた東京に戻れるって思うと、一緒に行きたくてな」

日頃思っていても誰にも言えないことがすらすらと出てきた。ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

「そうなん、初耳やわ。そうなんか、いなくなったら寂しくなるけど、美羽ちゃんママがそれを望むんならそれでいいと思うわ。とにかく離婚だけはせんでな」

話が落ち着いたところで急いで美羽たちの元に戻る。会場内は相変わらずの盛り上がりだった。灰色の気持ちが急に明るくなる。次は電子レンジの抽選だった。

「瑤子さん、間に合ってよかったわ、今から電子レンジの抽選よ。あ、この子たちええ子やったよ、、ずっとここから離れへんかったわ」

美智子さんが興奮気味に状況を教えてくれた。晴香と美羽が優里ちゃんといっしょに手をつないでいた。退屈なはずなのに、楽しそうに話をしている。

「優里ちゃん晴香、ありがとうね、美羽の面倒みてくれて」

優里ちゃんと晴香が同時に笑った。

ステージの上では一等一番がこの環境にすっかりなじんだ様子で、マイクを手にしている。

「電子レンジの番号はCの30981です」

一等一番が笑顔で発表した。

抽選権の番号はCではなかったから瑤子は見なくても自分ではないとわかった。電子レンジが当たらなかったってことは東京に行けってことね、勝手にいいように考えた。

「ちょっと瑤子さん、これ見て」

美智子さんが抽選券を差し出してきた。美智子さんの抽選券に書かれていたのは電子レンジのあたり番号だった。

「ちょっと、申し訳ないわ、瑤子さんが欲しがっていたレンジやもんね。でももらわないともったいないから、もらってくるわね」

「ええよ、気にせんで」

電子レンジを逃した。これからは東京行きに力を注いだ方がいいようだ。今まで重く閉じていたカーテンが急に開いた気がした。

東京には祐輔が単身赴任でいくと言っている。たぶん会社でもその段取りがすすんでいるはずだ。

でも、こっちには最後の砦がある、浮気を原因にして東京行を迫ろう。この気持ちだけは揺るがない、とっさにそう誓った。

「お名前を教えていただいてもいいですか?」

ステージ上で電子レンジの授与が行われている。

「小林です」

緊張しているのか、想像以上に美智子さんは言葉が少ない。

「電子レンジは希望されていたんですか?」

「いいえ、私は自転車が欲しかったんですよー」

会場が爆笑に包まれる。ねずみ男も笑っている。

「それが自転車やろー」

会場の誰かが言った言葉でさらに会場が笑いに包まれた。この笑いはきらいではない。もし東京に行って後悔するとしたら、関西のこのノリの良さと直接接することができなくなることだろう。関西も楽しかったなあ。瑤子は勝手に東京行が決まったような気になっていた。

「高級電子レンジですからね、とにかくおめでとうございます。では手続きがありますので、小林さんは裏にどうぞ」

MC二人は早々に美智子さんをステージ端に促した。

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