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少女A 第14話 (読了3分)

前回までのあらすじ
江東区で死体で発見された藤野もえ。手掛かりは近所の女性が聞いた「ゆう」という名前。捜査を進めると横浜で自殺した女子大生木下佳奈美は藤野もえの幼馴染みだということがわかる。さらに同級生で”ゆう”という名前の滝川ゆうが他殺体で発見された。

少女A 第14話

「バスケット部にいた誰かだと思いますが、桐谷さんは八神優香だとは思っていないんですよね」
 
車が信号で止まる。人が同じ方向に歩いているのを見て、車がバックしているような気になった。
 
「八神優香は何もしていない、それくらいはわかるだろ」
田口が黙ってうなずく。
 
「宮野美紀はどう思いますか?行方不明なのはおかしいし、高校の時に大きな交通事故に巻き込まれている。宮野がバスケット部に何かの恨みを持っているということは考えられませんかね」
 
桐谷は黙って前方を見ている。桐谷もそう思っていたからだ。さらに気がかりなのは犯人がだんだん大胆になっていることだ。橋の上に残されていたゴルフバッグは偶然ではない。わざと残したとしか思えない。死体を入れていた巨大なバッグを誰が忘れようか。
 
「宮野美紀を見つけるしかないな、これ以上の犠牲者がでないうちに」
 
「全く関係のない人物ということはないでしょうか」

その言葉で全く手探りの状態だということが明白になる。桐谷はその問いには答えなかった。

「そこを左に曲がって坂を上がってくれ」
 
桐谷に言われたまま田口がハンドルを切る、2人の身体が右に傾いた。2人は豊洲から日本橋を経由し蔵前に向かっていた。夕焼けというものがこの東京にも存在するなら、今そいつは目の前を赤く染めている。景色を感慨深く感じるのはどれくらいぶりだろう。田口が桐谷の隣で1人物思いに耽る。
 
「そこの駐車場に入ってくれ」
 
コインパーキングにバックで入れた。
 
「ここで待ってろ」
 
そう言うと、桐谷は後部座席にあらかじめ買っておいた花束を手にしてドアを閉めた。
 
待ってろと言われても気になるばかりだ。田口はすぐに桐谷の後を追った。細い路地を抜け右に曲がり、ビルに吸い込まれていく。
 
「蔵前陵苑」
 
と入り口には書いてあった。よくわからないが田口は後を追った。受付で女性に呼び止められた。
「ご予約の方でしょうか」
 
「はい、今入って行ったものの連れです」
 
「はい、では3階にどうぞ」
 
案外セキュリティが緩い、ここはなんなんだ。
 
3階でエレベータを降りると桐谷が壁に向かっていた。そこは納骨堂だった。すぐに桐谷が気が付く。
 
「お前もいっしょに手を合わせろ」
 
来るなと言われるかと思っていたので、拍子抜けした感があったが、すぐに横に並んで、手を合わせた。
 
「娘だ」
 
娘?
 
「お子さんがいらっしゃったんですか?」
 
「そうだ、生きていたら20歳だ。女房が連れて行くのを止めることができなかった。あの時止めていれば、と今でも後悔してるよ」

桐谷の目じりが下がり、いつもとは違った表情を見せている。初めて見る目だった。
 
20歳と言えば、亡くなった藤野もえたちと同い年だ。部長に脅されても捜査を辞めなかった理由が分かった気がした。桐谷が汗をかきながら歩く背中を思い浮かべると、目頭が熱くなった。わが子と同じ年の幼い娘たちが誰かの手によって殺められている。子供を持つ親なら、いたたまれない気持ちなのだろう。
 
2人はしばらく無言のまま墓前で手を合わせていた。
 
「桐谷さん、必ずつかまえましょう」
 
精いっぱいの気持ちを込めて言ったつもりだった。
 
「当たり前だ、あきらめるなんて一言も言ってないぞ」
 
いつも通りの強気の言葉だった。墓前の姿を見ていただけに少し安心した。
 
日本橋に差し掛かる。ビルの窓から漏れる灯りが太陽の代わりに街を照らす。暗闇と光が交差する時間帯は冷たく、寂しい気持ちになる。そう感じない人は慣れてしまっただけだと思った。
 
 
トイレのドアを静かに開け、リビングと反対の方向に歩く。足音がでないように静かに歩く。
 
「まさ美さん」
 
もう少しで玄関という場所で呼び止められ、体が大きく跳ねた。 振り向くと、いきなり長い鉄の棒のようなもので殴られた。かろうじて、よけたものの頭をかすめた鈍器は肩にかすった。肩に強烈な痛みが走る。まさ美はそのまま玄関まで走った。はだしのまま玄関を開けようとするが、カギがかかっていて、外すのに戸惑った。
 
「あきらめなさい」
 
まさ美は再び鈍器で殴られると、そのまま気を失った。

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