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PS.ありがとう 第12話 (読了3分)

「電子レンジは希望されていたんですか?」

「いいえ、私は自転車が欲しかったんですよー」

会場が爆笑に包まれる。ねずみ男も笑っている。

「それが自転車やろー」

会場の誰かが言った言葉でさらに会場が笑いに包まれた。この笑いはきらいではない。もし東京に行って後悔するとしたら、関西のこのノリの良さと直接接することができなくなることだろう。関西も楽しかったなあ。瑤子は勝手に東京行が決まったような気になっていた。

「高級電子レンジですからね、とにかくおめでとうございます。では手続きがありますので、小林さんは裏にどうぞ」

MC二人は早々に美智子さんをステージ端に促した。

その後、ロボット型掃除機、フライパンセットの抽選が行われた。もはや電子レンジが当たらなかった瑤子には残りの家電など興味はなかった。

「ああ、もう1枚抽選券もらっとけばよかったわー、まだ自転車でてないやろ、どうにかならんかなあ」

電子レンジの手続きを終えて帰ってきたばかりの美智子さんは、自転車をまだあきらめきれないようだ。

瑤子が空を見上げる。晴天の空に浮かぶ雲がとてもきれいな白をしていた。あの白い雲のように風に吹かれたらどんなにか心地いいだろう。東京行きがすべてを解き放してくれる。瑤子はいつのまにか現実味のない妄想を描いていた。

「ちょっと、瑤子さんどうしたのぼーっとして、番号見てよ、自転車の番号」

美智子さんの声で我に返る。妄想にふけっている間に自転車の抽選が行われていたようだ。

「なんでしたっけ番号」

「AよAの55895だって、何とか覚えたわ」

Aは記憶にあったが、番号をきいてまさかと思った。5がやたら多かった記憶はある。財布から抽選券を取り出し開く。胸がときめく。

「ちょっとまってーな」

背中越しに覗いていた美智子さんが大声を出した。

「これ、あたりやん、あたりやん、あたり、あたったでー」

さらに美智子さんの声が大きくなった。周辺にいる人が驚いた顔で自分たちのことを見ている。

「はよいけや」

どこかららともなく声が飛んでくる。瑤子は自分でも信じられなかった。もう一度確認する。やっぱり当たってる。

「後で電子レンジと交換しよな」

美智子さんがそう言って瑤子の背中を押した。

「晴香、ごめん美羽のこと見といてね」

「みうも行く」

同時に美羽が口を開いた。

「美羽、お願いだからお姉ちゃんたちとここでまっといてくれるかな」

瑤子が腰をかがめて美羽に視線を合わせる。

「いや、みうもママと行くの」

子供のこんな姿に胸が締め付けられるのは自分だけではないだろう。幼児だ、一緒に上がっても許してもらえるだろう。

「わかった、じゃあ美羽もおいで、晴香はごめんけどここでまっといてね」

「いいから、早くママいってきて」

知らない間に晴香がずいぶん大きくなった気がした。

「自転車のあたりの人いませんかー」

なかなか当選者が現れない状況にMCが声を上げた。

「ここにおるでー」

後ろのおじさんが大声をだした。瑤子と晴香が顔を見合わせて笑った。

瑤子が美羽の手をとって急ぎ足でステージに向かう。

「はーい私でーす」

ステージに上がるとさっそくMCが話しかけてきた。

「お名前は?」

「宮口です」

「宮口さん、いいお名前で、自転車は希望されていましたか?」

「いいえ、ぜんぜん」

その言葉で会場が笑いにつつまれる。

「あれー、お子さんですか?かわいいねー、名前は?」

「みやぐちみうです」

親が見ていてもかわいい瞬間だった。ちゃんと言えたね、と後で褒めてあげよう。

「みうちゃんね、何歳?」

「5歳」

答えると同時に美羽は開いた手を差し出した。

「かわいいー」

会場から声が上がる。ヤジも称賛の声も今は心地よい。

「みうちゃん何か言いたいことある?」

MCの女性がしゃがんでマイクを美羽の口に近付けた。

「あのね、あんたのちょめちょめ見てみたい」

屈託もなく美羽が言葉を発した。一瞬会場が静かになったが、しばらくすると会場がドカンと爆発したような笑いにつつまれた。

「ちょっと美羽、恥ずかしいからやめて」

瑤子があわててしゃがみ、美羽の肩に手をかけた。

「だって、さっきこの人が言ってたよ」

美羽がMCのねずみ男を指さした。あわてて女性MCが間に入る。

「ほら、佐藤さん、こういう子もいるんだから、冗談でもああいうのは駄目ってことですよ」

瑤子がレイナちゃんママに呼び出された間にそんな会話があったのだろう。会場が笑い一つになっている。いい光景だが、瑤子は美羽の発言が恥ずかしくて同調できずにいた。これが関西での最後の思い出になるかと思うと、さらに胸が締め付けられた。これを最後にはしたくない。

「お嬢ちゃんごめんね、おじさんが変なこと言って」

ねずみ男が、笑いながら美羽に話しかける。

「お嬢ちゃんじゃないもん、みうだもん」

美羽の反抗にさらに会場が笑いに包まれる。会場から、“謝れー”と言う声と同時に、“やるね、みうちゃん”という声も聞こえてくる。しまいには「みう、みう、みう、みう」という声援まで起きてしまった。

「どうですか?この気分は?」

女性MCが気を使ったのか美羽にマイクを向けた。

「あんたのちょめちょめ見てみたい」

更に会場が爆発した。

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